丸ノ内・東京ステヰション

画像首都・東京の表玄関としての役目を、長きにわたり果たしてきた東京駅。
とりわけ丸の内口の赤レンガ駅舎は、どんなに周囲の近代化・高層ビル化が進もうと、その堂々たる威容を、今もって誇り続けています。
同じ東京駅でも、近代的な八重洲口駅舎とは、まったく趣が違います。

重要文化財にも指定されている赤レンガ駅舎。
地域再開発事業の一環として、大正3(1914)年に開業した当時の姿に近い形態に甦らせる保存〝復原〟工事(〝復元〟ではないところがミソ!)が、平成19(2007)年から行なわれてきましたが、この度、ぐるり囲んでいた工事フェンスが取り払われ、南北2つのドームも特徴的な、その全貌が見られるようになりました。
ただ、皆さんお馴染みの、あの赤レンガ駅舎とはかなり違ってるので、面喰ってる方も多いと思います。

     「あれ? 東京駅ってあんな屋根してたっけ?」
     「え? 3階建て? 東京駅って2階建てじゃなかった?」

そう首を傾げる方が、たくさんいる事でしょう。
でも、この姿こそが東京駅開業当時の姿、いわば東京駅の本当の姿なのです!

画像ハイ、こちらが皆さんお馴染みの赤レンガ駅舎ですね。
確かにホール部分以外は2階建てですし、屋根は丸いドーム型ではなく角屋根です。
赤レンガ駅舎がこの姿になってしまったのは、昭和20(1945)年5月25日に起きた東京空襲が原因です。
この空襲で、東京駅は焼夷弾の直撃を受けて大破炎上。レンガ造りの外壁を残して、ほとんどが焼失してしまったのです。
戦後すぐに修復工事が始まったのですが、何分にも物資が乏しい時代です。駅舎全体は開業当初より一回り小さくなり、損傷が著しかった3階部分は崩落の危険性から取り除かれ、2階建てになってしまいました。3つのホール部分は、辛うじて3階建てとして復元されましたが、特徴的だったドーム屋根は寄棟造りの八角屋根になってしまいました。
できるだけ早期に本格的な建て直しをするつもりでいたので、再建当初は「4、5年持てばいい」という考えだったらしいのですが、それでも「日本の首都・東京の玄関口として恥ずかしくない建物を」と尽力された、当時の技師たちの苦労が偲ばれます。
その後、再建構想が何度となく出ては立ち消えを繰り返し、気付けば60年以上の歳月が過ぎてしまいました。
という事はですよ。
この赤レンガ駅舎、〝復旧〟工事は終わったけれど〝修復〟工事は終わってなかった。それどころか、今までずっと放置されてきた〝仮駅舎〟だった――とも言えませんか?
……ま、極論&暴論ではありますけどね。


――なぁんてエラそうに語りやがってますが、ワタクシ、赤レンガ駅舎を見たのはコレが初めてだったりします。
いや、写真や映像では数え切れないほど見てますよ。でも、〝生〟で見た事はなかったですね。
八重洲口駅舎なら何度となく見てるんですけどね。ホラ、八重洲口の方が新幹線改札が近いし、高速バスだって、たいてい八重洲口が乗降場になってるじゃないですか。
という訳で。
先日、所用により東京へ出向く機会があり、空き時間を利用して、67年ぶりに〝復原〟なった赤レンガ駅舎をチラと見てまいりました。
確かに写真で見た、以前の姿とはまったく違う印象を受けました。
ん~……なんかロシア建築っぽい印象がしなくもないですねぇ。ロシア正教会とかニコライ堂とか、そんな感じですよ。じゃなかったら、門司港のレトロ街か。
僕なんか「こんなトコにロシア公館なんか建ってたっけ?」なんて、マジで勘違いしちゃいましたもん。これで線路がなかったら、そう思い込んでたかもしれません。
高層ビルが立ち並ぶ超近代的な街並の中にあって、まるでそこだけが大正初期にタイムスリップしたようです。
その姿は「駅」と呼ぶよりは「ステーション」――いや、大正モダンらしく「ステヰション」と呼んだ方が似合いそうな佇まいでしたね。


さて、この〝復原〟工事。
どうして「復元」じゃないの? 「復原」と「復元」ってどう違うの?という疑問。
言葉の意味としては、どちらも「元の位置や形態に戻す(戻る)」という事なのですが、建築分野においては大きな差異があります。
今はもう現存しない建物を推測に基づいて再現する事を「復元」、現存している建物が改修等で形が変わってしまったものを当初の姿に戻す事を「復原」と使い分けているんだそうです。
という訳で、今回、赤レンガ駅舎は現存する建物ですので「復原」になります。



赤レンガ駅舎の真向かいには、あの丸の内ビル(丸ビル)が建っています。5階にはオープンデッキがあり、赤レンガ駅舎を一望する事が出来ます。
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ん~、やっぱりドーム屋根に目が行っちゃいますねぇ。
そして、そこはかとない違和感(笑)
67年という歳月は威力抜群ですね。僕らの脳裏には、あの八角屋根の東京駅がインプリンティングされちゃってますからね。でも、僕らの祖父ちゃん祖母ちゃんの世代――というか、戦前生まれの人は「あぁ、これこれ。これが東京駅だよ。懐かしいなぁ~」とかノシタルジーに浸っちゃうんでしょうねぇ。
て事は、今年以降に生まれた子の記憶に刻まれる東京駅は、この円形ドーム屋根になるんですね。
そのうち親子三代で〝東京駅論争〟が起こっちゃったりして(笑)

2年後に迎える開業100周年を前に、当時の姿に復原されるってのは、やっぱり何かしらの意味があるし、意義があるんだと思うんです。
いつの日かこの赤レンガ駅舎の姿が、何の違和感もなく、皆さんの記憶の中に溶け込んで行くんでしょうね。
それこそ、この駅舎が長い時を刻んできたように。
ゆっくりと。ゆっくりと。

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