尾張名古屋は城でモツ

別にお城でモツ鍋食おうってんじゃないですよ(笑)
え~……久しぶりの名古屋です。そして、これまた久しぶりの深夜バス&ネットカフェです。
今回の旅は友人と二人旅。僕は2年ぶり3回目の名古屋(といっても近々の名古屋訪問は、三越でonグッズの買い出しして、「いば昇」で櫃まぶし食べて速攻で帰ってきましたから、観光目的では2回目ですね)、彼は初出場です。まぁ、一日の長があるという事で、僕が案内役を買って出る事に。
記録と記憶を遡ってみると、前回は2006年の1月19・20日。今回は27・28日。ほぼ2年前と同じ時期――一週間違いですね。よく〝十年一昔〟なんて云いますが、街の様相なんか、その気になりゃ(誰が「その気」になるんだ?)1年や2年でガラッと変わってしまうもんです。
そんな訳で、彼は初名古屋を堪能、僕は2年前の旅の検証――て、そんな仰々しいモンじゃないですけどね。

名古屋に来たからには、ここは行っとかなきゃってんで、やって来たのは名古屋城。
開府400年にあたる平成22(2010)年の記念事業として、名古屋城本丸御殿の復元を計画しています。2年前に来た時はまだ礎石だけでしたが、あれから少しは動きがあったかと期待して行きますと……
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全っっっ然変わりねぇぢゃん!!
2年前と何一つ変わってません。柱一本立ってやしねぇ。
工事告知の看板を見ると、今月一杯までは発掘調査で、本格的な再建工事はこれからのようです。
発掘調査って……これ以上何が出るって。
本丸御殿は、昭和20(1945)年5月14日の名古屋大空襲で焼失してしまいましたが、それ以前の学術調査や写真など資料は豊富にあるので、焼失前の姿を再建するのは容易なようです。ただし、この本丸御殿再建計画は、「名古屋城の価値と魅力の向上」とともに「匠の熟練した技を後世に継承する」事が目的に掲げられてますので、旧来の材料・工法による旧状再現を目指しています。そっちの方が困難かもしれませんね。

天守閣へは小天守から入ります。でも、小天守内はそのままスルーで、橋台を通って大天守へ――て、小天守の意味は何なの?
今はトイレがありますが、かつては大天守への関門の役目を果たしていたんだとか。その為だけに二層二階の天守を築きますかね、普通。さすが尾張徳川家。
大天守の観覧は、下から上へ見て上がってくんじゃなくて、上から順に見て降りる形。なので、地下1階からエレベーターで5階まで一気に上がります。後は階段を上って7階展望台へ。
展望台からは、晴れていれば遠く木曽御岳や飛騨の山々まで望む事ができます。
5階は名古屋城の歴史と金鯱についての紹介。
名古屋城って、てっきり家康が築いたものだと思ってましたが、実は今川義元の父・氏親が16世紀前半に尾張国那古野の地に築いた城が起源だそう。それを天文元(1532)年に織田信長の父・信秀が、時の領主であった今川氏豊(義元の弟)から奪取。信長が生まれたのも、この那古野城だったとか。弘治元(1555)年、城を継いだ信長が清洲城に移った為に廃城。
その後、長らく放置されるままになっていましたが、慶長15(1610)年に家康が尾張藩主である九男・義直の為に、西国諸大名の助役による天下普請で築かれたのが、今の名古屋城なんだとか。
リフォーム王・家康(笑) 城だけじゃなく天下までリフォームした訳ですね。
画像てな名古屋城の歴史はスッ飛ばして、このフロアでどっかのテーマパーク並に大人気だったのは「石垣の石曳きゲーム」(笑)
……いやいや、ゲームじゃないから。れっきとした展示物だから。
単に「石垣の石を曳いてみましょう」という体験コーナーなんですが、これがやたら大人気でして。大人も子どもも「我も、我も」と列まで組んで引っ張りたがってたのは、ある種滑稽でもありましたね。
そうまでして引きたいか(爆)
みんな、こういうのがあると引っ張ってみたくなるものなんですかねぇ。
小学生くらいの子が一生懸命引っ張って、石が動き出した時には、見ていた外人さんが「Great! You're strong!」とか笑顔で囃し立ててましたけど。そのくせ、自分が曳く番になったら、嬉々として引っ張ってましたね。何がそんなに嬉しいのか(笑)
……僕ですか? いやぁ~、サスガにここまで冷めてると、遠巻きに見てるしかないですわ。つーかね、一生懸命引っ張ってる人たち見てる方が、絶対面白いって。
画像そうかと思えば「実物大のシャチホコに跨って記念撮影」って……デパートの屋上じゃないんだからさ。
さすがにコレに跨って記念写真撮ってる人はいませんでしたよ。
コイツ、100円入れたらウィンウィン動き出しそうでヤダ(笑)

アトラクション満載の『ジョイプラザ名古屋城』に別れを告げ(爆)4階に下りてくると、ようやく〝ちゃんとした〟展示コーナーらしくなってきます。
4階は〝武士の備え〟という事で、甲冑・刀剣や火縄銃など収蔵コレクションの数々を展示しています。〝村雨〟とか〝村正〟とか名だたる名刀はないにせよ、奥州国安の揃太刀などは見事としか云い様がありませんでしたね。
鍔や柄に施された装飾と云い、刀身に描き出される刃紋と云い、日本刀ってのは世界で一番美しい刀剣だと思いますよ。だからこそ、世界中に日本刀コレクターがいるんだと。
中には兜飾りに鯱を施した珍しい甲冑とかもありまして……どんだけ鯱好きなのさ。
3階は、〝城下の一日〟と称して、本丸御殿の一室や御城下の風景などを再現したフロアになっています。夜明けから日没までを音と光で見せてくれるんですが、日が暮れて暗くなると行灯に灯りが点るなど、なかなか手の込んだ見せ方をしてくれます。
僕、意外とこういうのが好きでして。何時間いても飽きませんね。画像画像















2階は特別展示室。
ちょうどこの日は、いずこかの書道会が書画の展覧会を催しておりました。
皆さん達筆揃いでしてねぇ~……解読するのに一苦労でした(笑)
う~ん、書道のセンスはゼロですなぁ~、オイラは……
1階の収蔵品展示スペースでは、数々の美術品や模型などが展示されています。
辛うじて戦災で焼け残った、本丸御殿を飾った襖絵や戸板絵。本丸御殿の模型。尾張名古屋の城下町。地元有志から寄贈された刀剣・刀装具の数々、などなど。
一角には3Dシアターが設けられ、絢爛豪華を誇った本丸御殿の姿や名古屋城400年の歴史などを立体映像で披露しています。
こうして各々のフロアを巡りながら、鯱の原寸大模型が展示されている地下1階に下りてくる訳です。

画像さて、天守閣もいろいろと見所満載なのですが、二之丸庭園の中にある茶店『二の丸茶亭』にも、実は隠れた逸品があります。
それは、この金の茶釜。
誇らしげに光り輝く「丸八」マーク(笑)
正式名は『真形釜丸八文様鯱常環付(しんなりがままるはちもんようしゃちじょうかんつき)』と申します。名前のごとく、取っ手になる環の部分には小さな鯱が付いていて、釜の側面には名古屋市の市章である「丸に八の字」の文様が入っています。
実はコレ、空襲で焼け落ちた初代金鯱の残骸から作られた物なんです。本当の残骸は、貴金属として進駐軍に接収されたんですが、昭和42(1967)年に大蔵省から6.6㎏の金塊となって返還されました。市は初代金鯱へ寄せる市民の思いを考え、名古屋市旗の冠頭としてミニサイズの金鯱と、金の茶釜に加工することを決定したそうです。
でも、何故に茶釜? 秀吉じゃねぇんだぞ。
残念ながらこれはレプリカでして、本物は……おい、どこに匿われてるんだ? よもや狸に化けて……て、そりゃ「ぶんぶく茶釜」だ。
ん……? ぶんぶく茶釜? 狸? ……家康? はは……
毎週金曜日の10時から16時までは、この茶釜で点てた抹茶をいただけるそうです。
今日は土曜日――しまった。昨日来ればよかった(笑)
金の茶釜で点てた抹茶をいただく。
少しはリッチな、天下人な気分を味わえるんですかね。
いただいた事のある方、感想をお聞かせ下さい。

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