いよいよ windy train に乗車

車は、国道4号線をひたすら北上いたします。
いえね、泉インターから高速に乗ったってよかったんですよ。ほんで、若柳金成インターで降りれば、目的地はすぐそこだったんです。
んでも、東北自動車道と国道4号線って、ほぼ並行して通ってますし、何よりずっと防音フェンス見て走るのって味気ないでしょ? だったら、道すがらいろいろネタ拾いしながら行った方が愉しかろうと――それが後々仇になるとも知らないで。

〝旅人10級〟の方は、カーステ代わりに僕が持ち込んだMDプレーヤーと、カーナビの操作に悪戦苦闘されておられます――メカには強いんじゃなかったの?
後部座席に陣取られた〝旅人3段〟の方は、長旅の疲れと「お守り役」から解放されたからか、みちのくの長閑な景色なんぞには見向きもせず、時折〝別世界〟へと旅立っておられる様子です――急ブレーキ踏んで起こしちゃろか。
(なんて冗談めかして言っておりますが、後々それが実際に起こりまして、大惨事を引き起こしております――てな話は次回の講釈にて)
築館から右に折れまして、国道398号線を東へと。
「……これ、国道ですよね?」
「はい、国道ですよぉ」
「……県道かと思った……」
まぁ、田舎の国道ですからね。信号なんか数える程しかないし、道幅も狭いです。都会育ちのお二人には、さぞかしワンダーランドだったんでしょう。
そのうち、もっとスゴいワンダーランドにお連れしますからねぇ。ワンダーランドっつーか、もぉウネウネのワインディングランドですけど(笑)
画像ややしばらく走りまして、くりはら田園鉄道の始発駅であります石越駅に到着です。
時間は12時ちょっと前。
お、何だ? 2時間かかったってかい。ちょっとノンビリし過ぎたかい?
ここ石越駅は、JR石越駅と向かい合うように建ってまして、始発駅でありながら無人駅です。数年前までは駅員さんも配置されてたんですが、押し寄せる合理化の波に無人化せざるを得なかったようです。それでも赤字は解消されず、県からの援助も打ち切られる形で、来年春の廃線が決まってしまった訳ですけど。
昭和初期の面影を残す円形エントランスをくぐると、単線の行き止まり式ホームです。かつてまだ栗原電鉄の時代、まさにこのホームから僕は「くりでん」に乗りました。当時はそれなり賑っていたようでしたけど、今はガランとしてます。
思い出と現在を重ね合わせては、一人ノスタルジックに浸る讃岐屋。お二人は「始発なのに無人駅」ってのに、軽いカルチャーショックを受けてらっしゃるようですけど。
どうせなら「始発から乗って全線踏破」と行きたかったのですが、無料駐車場は廃止され、駅前にも駐車スペースはありません。有料駐車場が駅のすぐ裏手にあるんですが、営業してるかどうかすら怪しい雰囲気です。
結局、「始発はここですよぉ」な紹介に終わらせ、当初予定していた若柳駅を目指します――つったって、ほんの数㎞しか離れてないんですが。
車に乗って、ペットボトルの蓋を開けて、お茶を一口含んで、蓋を閉めたら到着です。
おひおひ……

若柳駅にて、駅員さんに教えられた駐車スペースに車を停め、終点である細倉マインパークまでの切符を買います。運賃は990円。千円じゃないトコがミソ(笑)
出てきた切符は
画像

をおぉ~っ! こ、硬券やぁ~ッ!!

いやぁ~……最近こんな切符、滅多には出会えません。〝ことでん〟だって自販機売りの軟券ですもの。記念切符として売り出される事はあっても、現役でってのは非常に珍しいんじゃないでしょうか。
ところが。
自称〝鉄ちゃん〟らしい同居人2号さまにその話を振ると、さほど興味がなさそうです。やたら盛り上がってた僕とりーまんとらべらーさんの立場は?
曰く、「アイツ、本当に〝鉄ちゃん〟なのかわかんねぇんだよなぁ。感動の薄い子や」
〝てっちゃん〟てより〝こてっちゃん〟ですわな(笑)

「彼に感動が薄いのか、企画が弱いのか」
「え~……後者です」

ここ若柳駅は、くりはら田園鉄道唯一の車両基地でもあります。現在運行中の車両や過去に走ってた車両が、車庫や今は使われなくなったホームに停めてあります。
停めてあるといえば聞こえがいいですが、現実的には野ざらし。放置。ただただ朽ち果てるに任せているといった感じです。
次の便が12時28分発。それまでには、まだ時間があります。「線路内に下りなければ」という条件で、撮影を許可してもらいました。
画像画像














まず目に飛び込んでくるのは、M15型電車。栗原電鉄時代の花形車両です。
丸みを帯びたフォルム。ベージュと朱に彩られたカラーリング。16年前のあの日に乗ったのは、まさにこの車両でした。長年の経過で錆が浮いてきてるのと、塗装が褪せているのが、何とも物哀しいです。
現実の残酷さ。思い出もいつしかこうして褪せてゆくのでしょうか。
M15型に連結されているのはM18型。こちらは塗装も浮いてしまって、もっとヒドい有様です。その後ろのブルーの車体は、M181(M18型の1号車)。調べたところによると、かつて西武鉄道で走っていた車両らしく、そのフォルムは西武501系に似てるんだそうです――て、僕はその西武501系を知らないんですが。
ともあれ、その独特な顔立ちは、当時からさぞや印象が強かったらしく、栗原電鉄時代は、イベント列車として重用されていたようです。
そういえば、この塗装もイベント用らしいペインティングがされてましたね。
画像画像














車両庫の方に停まっているのはED20型。栗原電鉄がまだ貨物輸送を行っていた時代の牽引車です。その名残か、コイツの後ろに2、3両の貨車が連結され、最後尾には車掌車であるワフ7型が繋がれていました。
今の子たちはわかるかなぁ?
昔はね、列車の運行管理の為に、貨物列車にも車掌さんが乗ってたんですよぉ。今でこそ人員整理が目的で、制度自体が廃止になりましたけどね。
遠い遠い、今は昔の名残です。鉄道の歴史を語る生き証人です。
画像貨物車両の向こうに、まだ何か停まっている様子です。何が停まってるんだろうと思い、ひょいと覗きに出た瞬間、
「はい、線路に下りないようにって言いましたよ」
怒られちゃいました。
でも、現用ホームの一番端まで行くと、貨物の後ろに停まっている、赤と白のカラーリングの車両を見る事ができました。
KD10型気動車です。
現役車両でありながら滅多に走る事はなく、ピンチヒッターかイベント列車用になっているとか。何とももったいない話です。
その向こうにも何か停まってる様子ですが、さすがにそれはわかりませんでした。

鉄道の歴史を語る上で、かなり貴重な車両ばかりらしく、サポーターズクラブなどが保存運動を展開してるようですが、資金面などで実現はだいぶ難航してるようです。
いずれは売却か解体される事になるのでしょうか。
倉庫や自転車置場に転用されている車両が、その行く末を物語っているようで、〝鉄ちゃん〟ならずとも鼻の奥がツンとします。

画像やがて、甲高い汽笛の音を響かせながら、赤いカラーリングも目に鮮やかなKD95型気動車が、定刻の5分遅れで到着。
鉱山鉄道の面影を今に伝えるかのように、カンテラを模した前照灯のデザインが、とても可愛らしい汽車です。車両サイドには、春先に栗駒山に浮かび上がる駒形の残雪を象ったプレートが取り付けてあります。それと対照的なのがコミカルなヘッドマーク――線路を走る栗です。
それって〝くりでん〟だからって事?

後日、方々のサイトを検索しましたところ。
この車両は他の鉄道会社からの譲渡車両ではなく、くりはら田園鉄道が発足する時に新造された車両で、形式番号の「KD」は社名の「くりはら田園」を、「95」は製造された1995年を指すんだそうで。
一方、前述のKD10の「10」は、名古屋鉄道から譲り受けた際、名鉄時代の形式番号(キハ10)を転用したものだそう。
――ちょっとした〝鉄ちゃん〟情報でした。
……て事は……ヘッドマークの絵は、やっぱり〝くりでん〟だから「線路を走る栗」なんだ(笑)

石越から2両で来たものが、ここで1両切り離し。1両編成で細倉マインパークまでまいります。
なんでしょう。そういった運行計画なんですかね。お陰で、日曜だってのも手伝ってか、結構混み合ってます。かろうじて座席を確保できましたが、「いつもこれだけ乗ってれば、廃線なんかならなかったろうに」と思うのは、こんな機会でもなければ乗ろうとしない人間のワガママな意見でしょうか。

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    Excerpt: お師匠さまがもうかなり実情をお書きになっておられるので、ワタクシのような若輩者があえてどーのこーのグダグダぶーたれる必要性はかなり薄いのですが、それでもあえて駄文を垂れ流す・・・これがワタクシでござい.. Weblog: りーまんとらべらーの日常と非日常 racked: 2006-10-25 23:28