〝大社やきそば〟をご存知?
さて。
B級グルメの代名詞ともなった『富士宮やきそば』ですが、八百万(「800万」ちゃいまっせ、「やおよろず」でっせ)の神々の拠り所・出雲大社の門前町である大社町にも、一風変わった焼きそばがあります。
その名も『大社やきそば』――まんまですがな(笑)
焼きそばといえば、普通は細麺でソースにからめて焼き上げるものです。
ここ大社町でも、そういった普通の焼きそばを出す店もあります。と同時に、他所ではちょっと見られない焼きそばが存在するのです。
出雲大社門前の大鳥居から西へ、細い路地をちょっと……いえ、かなり……いやいや、ずぅ~っと奥まった場所、乗光寺山門の隣にある『きんぐ』というお店が、そのルーツです。
普通の焼きそばで使う麺より少し太めの(太麺という程でもない。中麺って云うんですか?)蒸した中華麺が使われているんです。
これにトロットロの餡がかかれば「餡かけやきそば」になるんですが、残念ながら普通に油で炒められます。
そうして出来あがった『大社やきそば』が、ハイ、コチラでございます!
「なぁんだ、ただの塩やきそばじゃん」
と言われれば
「…………うん」
と答えるより他ないんですが……いやいや、塩やきそばにしては随分と塩気が足りない。ほのかにしょっぱい程度です。何なら〝無味〟〝油の味〟と言っても過言じゃない(ひでェ言いようだ……)
実はこのやきそば、ソースを後がけするんです。そのソースも、ウスターソースのようでちょっと違う。もうちょっと辛口なのです。それを好みに応じて麺にかけて食します。
で、この辛口ソースと麺のあっさりとした塩味、それに具野菜の旨味が絶妙に相まってウマいんですよ。
ズバ抜けてウマいという訳じゃない。かといって、マズい訳では決してない。
甘からず、しょっぱからず、そしてウマからず――て、オノレはダチョウ倶楽部か!(笑)
どうにか表現するならば〝何だかわかんないけど、とにかくウマい〟とでも言いましょうか。
とにかく後味引く、クセになる味。懐かしい味です。
どうしてこういう食べ方になったかというと。
出雲といえば、誰がなんと言っても出雲そば。出雲そばといえば割子そばが普通。で、割子そばは、薬味をのせた麺に、そばつゆを後からかけて食べるのが食べ方。
この大社やきそばも、それに倣ってソースを後がけにしたんじゃないか――というのが有力な説。
結局のところ、いつから、誰がこういう食べ方を始めたのか、誰が『大社やきそば』と呼ぶようになったのか、誰にもわからないのです。
「いや、お店で出してんだし、お店がこういう食べさせ方をさせてんでしょ?」
いえいえ、『きんぐ』さんがメニューに載せるより以前に、大社町ではこういう食べ方をしてたそうです。
――となると……ルーツは誰だ!?(爆)
そしてもうひとつ、出雲発祥と言われている食べ物が。
ぜんざいです。 毎年10月に日本中の神様が出雲大社に集う事から、一般に〝神無月〟と称されるものが、ここ出雲地方では〝神在月(かみありづき)〟と呼ばれている事は、皆さんもどこかで聞いた事があると思います。
このブログでも触れた事がありますしね。
で、その時に行なわれる神事「神在祭」で、かつては『神在餅(じんざいもち)』という餅が参詣客に振る舞われていました。
その〝じんざい〟が訛って〝ぜんざい〟となったと云われています。
別の説では、あの一休さんが名前の由来になっているとされています。
曰く、一休さんがぜんざいを食べた時(一説では、一休さんが最初に食べたとされています)、あまりの美味しさに「善き哉」と語った事から名付けられたという説があります。以降、「ぜんざい」には「善哉」という漢字が当てはめられたとか。
(ちなみに「善哉」とは、釈尊が弟子を褒める時に使った言葉と云われています)
由来は神様か仏様かという、宗教戦争にも発展しかねない問題?(笑)
個人的意見ですが。
歴史的に見ても、これは神様に軍配が上がるんじゃないかと。なんか一休さんのは後付けくさいです。
というのも、出雲で振る舞われていた「神在餅」と「ぜんざい」は作り方(甘く炊いた小豆汁に餅を入れる)がそっくりなのです。また、「じんざい」という呼び名も出雲弁では「ずんざい」と発音し、それが他所から来た人の耳には「ぜんざい」と聞こえ、そのまま京に伝わったのではないか、という説もあります。
また、江戸初期の文献(「祇園物語」、儒学者・林羅山が書いた「梅村載筆」、松江藩の地誌「雲陽誌」など)にも「出雲由来」と記されています。
まぁ、これだけ歴史に裏打ちされたんじゃ、一休さんが「善哉」と叫んだくらいでは太刀打ち出来ないでしょう。
そういった事もあって、出雲大社の門前町『神門通り』沿いには、何軒ものぜんざい屋さんが、出雲そば屋にまけないくらい軒を並べています。
だからって「そばにアンコをかけて食べる」なんて食べ方は、コチラではしませんよ。
ぜんざい発祥の地で食べる、本場のざんざい。
いかがですか?
B級グルメの代名詞ともなった『富士宮やきそば』ですが、八百万(「800万」ちゃいまっせ、「やおよろず」でっせ)の神々の拠り所・出雲大社の門前町である大社町にも、一風変わった焼きそばがあります。
その名も『大社やきそば』――まんまですがな(笑)
焼きそばといえば、普通は細麺でソースにからめて焼き上げるものです。ここ大社町でも、そういった普通の焼きそばを出す店もあります。と同時に、他所ではちょっと見られない焼きそばが存在するのです。
出雲大社門前の大鳥居から西へ、細い路地をちょっと……いえ、かなり……いやいや、ずぅ~っと奥まった場所、乗光寺山門の隣にある『きんぐ』というお店が、そのルーツです。
普通の焼きそばで使う麺より少し太めの(太麺という程でもない。中麺って云うんですか?)蒸した中華麺が使われているんです。
これにトロットロの餡がかかれば「餡かけやきそば」になるんですが、残念ながら普通に油で炒められます。
そうして出来あがった『大社やきそば』が、ハイ、コチラでございます!
「なぁんだ、ただの塩やきそばじゃん」
と言われれば
「…………うん」
と答えるより他ないんですが……いやいや、塩やきそばにしては随分と塩気が足りない。ほのかにしょっぱい程度です。何なら〝無味〟〝油の味〟と言っても過言じゃない(ひでェ言いようだ……)
実はこのやきそば、ソースを後がけするんです。そのソースも、ウスターソースのようでちょっと違う。もうちょっと辛口なのです。それを好みに応じて麺にかけて食します。
で、この辛口ソースと麺のあっさりとした塩味、それに具野菜の旨味が絶妙に相まってウマいんですよ。
ズバ抜けてウマいという訳じゃない。かといって、マズい訳では決してない。
甘からず、しょっぱからず、そしてウマからず――て、オノレはダチョウ倶楽部か!(笑)
どうにか表現するならば〝何だかわかんないけど、とにかくウマい〟とでも言いましょうか。
とにかく後味引く、クセになる味。懐かしい味です。
どうしてこういう食べ方になったかというと。
出雲といえば、誰がなんと言っても出雲そば。出雲そばといえば割子そばが普通。で、割子そばは、薬味をのせた麺に、そばつゆを後からかけて食べるのが食べ方。
この大社やきそばも、それに倣ってソースを後がけにしたんじゃないか――というのが有力な説。
結局のところ、いつから、誰がこういう食べ方を始めたのか、誰が『大社やきそば』と呼ぶようになったのか、誰にもわからないのです。
「いや、お店で出してんだし、お店がこういう食べさせ方をさせてんでしょ?」
いえいえ、『きんぐ』さんがメニューに載せるより以前に、大社町ではこういう食べ方をしてたそうです。
――となると……ルーツは誰だ!?(爆)
そしてもうひとつ、出雲発祥と言われている食べ物が。
このブログでも触れた事がありますしね。
で、その時に行なわれる神事「神在祭」で、かつては『神在餅(じんざいもち)』という餅が参詣客に振る舞われていました。
その〝じんざい〟が訛って〝ぜんざい〟となったと云われています。
別の説では、あの一休さんが名前の由来になっているとされています。
曰く、一休さんがぜんざいを食べた時(一説では、一休さんが最初に食べたとされています)、あまりの美味しさに「善き哉」と語った事から名付けられたという説があります。以降、「ぜんざい」には「善哉」という漢字が当てはめられたとか。
(ちなみに「善哉」とは、釈尊が弟子を褒める時に使った言葉と云われています)
由来は神様か仏様かという、宗教戦争にも発展しかねない問題?(笑)
個人的意見ですが。
歴史的に見ても、これは神様に軍配が上がるんじゃないかと。なんか一休さんのは後付けくさいです。
というのも、出雲で振る舞われていた「神在餅」と「ぜんざい」は作り方(甘く炊いた小豆汁に餅を入れる)がそっくりなのです。また、「じんざい」という呼び名も出雲弁では「ずんざい」と発音し、それが他所から来た人の耳には「ぜんざい」と聞こえ、そのまま京に伝わったのではないか、という説もあります。
また、江戸初期の文献(「祇園物語」、儒学者・林羅山が書いた「梅村載筆」、松江藩の地誌「雲陽誌」など)にも「出雲由来」と記されています。
まぁ、これだけ歴史に裏打ちされたんじゃ、一休さんが「善哉」と叫んだくらいでは太刀打ち出来ないでしょう。
そういった事もあって、出雲大社の門前町『神門通り』沿いには、何軒ものぜんざい屋さんが、出雲そば屋にまけないくらい軒を並べています。
だからって「そばにアンコをかけて食べる」なんて食べ方は、コチラではしませんよ。
ぜんざい発祥の地で食べる、本場のざんざい。
いかがですか?

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