愛宕坂 灯の回廊

雨脚は早くなるばかり。「あぁ、もう観光どころじゃないな」とばかりに、福井市内に戻って、そそくさとホテル入り。
本当は丸岡城にも寄ってみたかったんですが、すっかり予定が狂ってしまいました。
――まぁいいか。丸岡城は明日の朝だ。
風呂にも入って一息入れ、「さて晩飯でも」と思った頃には雨も上がってました。
……まぁ、そんなもんですわ。
ちょっとガッカリしていたワタクシめに、旅神様はちゃ~んと別の楽しみを用意してくれていました。
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福井市街の西、足羽神社への参道である愛宕坂の石段を、行灯の灯りでライトアップする『愛宕坂 灯の回廊』というイベントです。
京都のように華美じゃなく、倉敷のように趣向を凝らす訳でもなく。
ただただ雨に濡れた石段を、等間隔に置かれた140個の行灯が照らし出すという、何とも落ち着いた、静かなイベントであります。この界隈は料亭街だった事もあり、漆喰の白壁や虫籠窓・格子戸のある建物が、ロウソクの灯りに淡く浮かび上がるのです。
風流ですねぇ。悪くないです、こういう雰囲気。

画像坂の中腹に、『愛宕坂茶道美術館』という文化施設があります。
室町時代後期、織田信長に滅ぼされるまで越前一帯を支配していた朝倉氏。京文化を積極的に取り入れ、高度な文化水準を保ち、繁栄していた一族が残した茶の湯文化を紹介している美術館で、朝倉一族や、後に越前国を支配した松平家に由来する茶壷や茶碗、掛軸など数々の美術品が展示されています。
この日はちょうど『茶箱のたのしみ』という特別展が催されていました。
茶箱とは、抹茶を点てる為の最小限の道具を仕舞った小箱で、古くは千利休が野掛けの茶会を催した際に、茶道具を箱に入れて野外に持ち運んだ事がきっかけといわれています。
茶碗、茶器、茶杓、振出、茶筅筒、茶巾筒などの茶道具が箱や籠にすっぽりと納まる様は、まさに収納美を追求した匠の技。何という事でしょう(笑)
「茶箱の組み方には、持ち主の趣味とセンスが表れる」と説明文にはありましたが……茶の心得のないワタクシには、さっぱりでございます。
ただ、その様式美と申しますか、小箱のわずかな空間の中にも、利休が追い求めた〝侘び寂び〟の世界が繰り広げられているのだという事だけは感じられました。

茶聖・利休が愛用したと伝えられている茶箱も展示されていました。
元は鼓を入れていた箱なんだそうですが、何でもない器や道具を茶の道具に〝見立て〟た天才の利休らしさが、そこに見受けられます。

茶道と云うと表千家や裏千家など抹茶を点てるものと思われがちですが、もう一つ「煎茶道」という茶道があります。文字通り、抹茶ではなく煎茶を点てる茶道です。
そこで用いられた茶箱も展示されていましたが、いわゆる「抹茶道」の道具とはまた違った趣がありました。
中国において、医者が治療器具や薬品を入れて運んだ「提籃(ていらん)」と呼ばれる手提げ箱を流用したものといわれています。
煎茶道では、どこでも茶を煮立てる事が出来るよう、炭火をおこす涼炉や湯瓶が組まれている事が特徴です。
こうしてみると、「そうか、急須ってこういう使い方が本来なんだ」という事がわかりますね。我が家のでこんな事をしたら……一発で割れるな、たぶん。
だいたい、今の急須って、こういう使い方を想定して作ってないんじゃないかと思いますよ。


茶道美術館の向かいには、幕末の歌人・橘曙覧(たちばな あけみ)の記念文学館があります。
橘曙覧といえば生活の中にある素朴な「たのしみ」を詠んだ『独楽吟』が有名……なんだそうですが、正直言ってワタクシ、まったく知りませんでした。
でも、あのクリントン元大統領は知ってたんだよな。平成6年、天皇皇后両陛下がアメリカを御訪問された折、歓迎スピーチの中で引用したって話ですから。

たのしみは 紙をひろげてとる筆の 思ひの外に能くかけし時
たのしみは 空暖かにうち晴し 春秋の日に出でありく時
たのしみは 心をおかぬ友どちと 笑ひかたりて腹をよるとき

「たのしみは~」で始まる52首、一首一首詠んでゆくと「あると思います!」(by 天津木村)と思えるものが幾つもあります。

皆さんの心の琴線に触れた「たのしみ」は何ですか?


ホテルへの帰り道、ちょうど今日から桜のライトアップが始まっていると知り、市内を流れる足羽川の河川敷堤防に並ぶ桜並木を見に行く事に。
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まだ二分咲き、三分咲き。時期としては〝走り〟でしたね。

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