水曜サスペンス劇場

えちぜん鉄道で三国港まで出たはいいのですが、東尋坊行きバスの接続がよろしくありません。
40分待ちってどうなのよ? 待ってる間に着いちゃうよね――てんで、「えいやっ!」と歩く事にしました。幸い雨も小降りだし、地図で見る限り歩いて行けない距離じゃないみたいだし。

県道7号線を東尋坊へ向かってトコトコ歩いて行くと、荒磯遊歩道の入口があります。海岸沿いをぐるっと巡る遊歩道には、東尋坊の成り立ちや独特の自然環境を紹介する案内板や、高見順・三好達治をはじめとする三国町ゆかりの文学者の詩碑が点在しています。ところどころに海岸際まで降りる道があり、それらを眺めながら散策を続けると、だんだんと東尋坊らしい奇岩が増えてきます。
ローソクのようにそそり立つ岩。
まるでギアナ高地のように、頂上がテーブル状に平らになっている岩礁。
刃物か何かで切り落としたように、海に向かって急に落ち込む岩壁。
そして、お決まりの「ちょっと待て 命を粗末にするな」の立看板(笑)
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まぁスゴいですわね。さすが断崖絶壁。柱状節理って云うんですか? まさに柱のような岩が何本も並びます。
こりゃあ放っておいたって、殺人事件の一つも起きようってもんです。
そりゃあ犯人じゃなくても、誰かを突き落としたくなるって。
だからって、本当に突き落としてはいけません(笑)

船越栄一郎も片平なぎさも、今日はロケが休みみたいです(笑)

東尋坊という地名、遠い昔に勝山の平泉寺というお寺にいた僧侶の名前が由来とか。
この東尋という坊さん、たいそうな乱暴者で、仲間の僧侶たちも地元の村人たちもほとほと困り果てていたそうです。そこで仲間の僧侶たち(別の説では村人たち)が一計を案じ、酒宴を催す事で東尋をこの岩場に誘い出します。酒が進み、とうとう酔い潰れて寝てしまった東尋を見て、ここぞとばかりに断崖絶壁から突き落としてしまったのです。
以来、東尋が亡くなった毎年4月5日前後になると、東尋坊の怨念か、烈しい風が吹き、海が荒れ狂うようになったとか。死してなお人々を苦しめる東尋の祟りに怯える村人は、高僧に頼んでその祟りを鎮めてもらい、それから先は海が荒れる事もなくなったそうです。
(別の説では、横恋慕をした恋敵に突き落とされた、となっていますが)
――なぁんてのは、単なるお伽話。
実際のところ、「坊」というのは坊さんの意味ではなく、険しく崩れやすい断崖絶壁を意味する「崩」が読み替えられたものとされています。「東」は方角。「尋」は昔の物を測る尺度(よく「千尋の谷」なんて云いますよね)から訛じて、横に大きく広がった地形を指します。つまり「東尋坊」とは「東の海岸に大きく広がった断崖絶壁」というのが本当の説らしいのです――どこから指して東なのかは定かじゃありませんが。
ただまぁ、そんな学説的な命名より、先のお伽話の方が何となく似合いの場所ではありますが。
そのお蔭か、東尋坊が自殺の名所になっているのは、殺された東尋が引き寄せているんだという、実しやかな噂まであるとかないとか。

大池と名付けられた入江からは遊覧船が出ていて、その先にある雄島までを巡り、海上から壮大な景色を眺める事が出来ます。30分1,200円。
ただ……何でしょうねぇ、思ったよりスゴさというか感動が沸き起こってきません。写真や絵葉書なんかで見ると、もっと聳え立ってる感じがしてたんですけど、意外と低く感じるというか……
和歌山・白浜の三段壁の方がスゴさを感じたなぁ~。
で、その原因がわかりました。
下に降りられるからだ。
一番の見所になってる大池が遊覧船の発着場になってるからだ。
そぉかそぉか。簡単に海面まで降りられるから、イマイチ凄さを感じられなかったのかぁ。


岩場を歩道伝いに歩いているうち、雨がだんだんと強くなってきました。ついでに風まで吹き始めました。
こうなるともう傘なんか役に立ちません。岩場に立っていると、風に煽られて、東尋よろしく谷底へ落ちそうです。
遊覧船も、とうとう欠航になってしまいました。
……こりゃあ観光どころの話じゃないなぁ。
ちょうどバス便もいい時間だし(1時間に1本しかないのですよ)、退散する事にしましょう。

晴れてればもう少し長居してもよかったんですが……ある意味、東尋坊に似合いの空模様だったって事で納得しましょうか。

この記事へのコメント

2009年04月06日 11:40
そうなんですよね。

去年、東尋坊、サスペンスを期待していったのですが、
何故か、のどかな風景に、怖さ感じませんでした。
その代り、一緒のツアー客の小父さん達のパワーが怖かった!(笑)

美味しいもの、たくさん食べてきたんでしょうね。

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