どじょうすくいでエッサッサ♪

米子ライフ89日目。本来なら休みの予定なんですが、昨日あんな事がありましたからねぇ。お天気トラブルが長引くようなら、いつでも出社できるよう「自宅待機」も覚悟してたんですが、幸い夜には復旧しましたからね。予定通りお休みです。
ならば、という事でお出かけ。近場――というか隣町ですけどね。


鳥取県西部の中心都市である米子市。そのすぐ隣は、もう島根県。『安来節』で有名な安来市です。
安来というと、すぐに頭に浮かんでくるのは『安来節』、そして『どじょうすくい』ですが、何もどじょうすくいだけの街じゃないんです。古の昔から良質の砂鉄が取れ、それを原料としたハガネ――和鋼(わこう)の生産地としても知られています。今でも〝ヤスキハガネ〟といえば、世界的にも有名な製品なんです。
ちなみに。
正しい読み名は「やすき」じゃなくて「やすぎ」なんですよ。その一方で、古代においては「やすき」と呼ばれていたという説も――どっちなんだろうね?

画像安来市の旅は、ここJR安来駅からスタートです。
杉や桧がふんだんに使われ、木の香りがそこはかとなく漂ってきそうな駅舎――それもそのはず、この駅舎は去年の春に建て替えられたものです。隣には観光交流プラザ『アラエッサYASUGI』が併設されていて、安来近郊の観光情報や特産品の販売、工芸品の展示などが行われています。
ここで観光情報と散策マップを入手して、〝のらり旅〟の始まり始まりィ~っと。

先にも述べたとおり、ここ安来は「たたら製鉄」による鉄鋼の生産と、その輸送港として栄えた街です。明治初期には、全国で生産される鉄の9割以上が中国地方で生産され、とりわけ安来を中心とした島根県一帯は、全国一の生産量を誇っていました。明治15(1882)年頃の記録では、全国生産量の50%以上を生産していたそうです。
後年、九州・八幡に近代的な製鉄炉が出来、生産量日本一の座を譲る事になりますが、その技術は今なお生き続けています。駅の裏手や港湾地区には、日立金属の広大な製鋼工場があり、「ハガネの街・安来」の名を世界に轟かせています。
だからですかね。街中を歩いていると、「日立坂」など、やたら「日立」の名前が付いた地名や建物が目に付きます。まさに日立の〝企業城下町〟なんですね。
そういった、かつての隆盛を彷彿とさせるような街並みが、そこかしこに点在しています。白壁土蔵造りの、当時はさぞ羽振が良かったであろう豪商の旧家や料亭。造り酒屋のなまこ壁、などなど。
画像国道9号線沿い、山陰合同銀行の隣に立つ料亭『山常楼(やまつねろう)』もその一つです。昭和初期に建てられた建物は、当時の繁栄ぶりを物語るかのような凝った造りが特徴の和風建築です。
市内にはこういった料亭建築が幾つもありますが、建物だけを残し、店そのものは消えてなくなってしまっているのがほとんどです。例えば『山常楼』と双璧を成した料亭『ひさご屋』は、今は日立金属の厚生施設になっています。そんな中、ここ『山常楼』は、今なお料亭として営業してるといいますから驚きです。
(ここで食事をするには、予約が要りますけど)
江戸末期の創業といいますから百数十年の歴史。老舗中の老舗割烹『山常楼』は、今なお健在です。

さて、安来の顔ともいえる「たたら」に触れるべく、湾岸地区にある和鋼博物館へ向かいます――いや、ホントに触れたら手も何も溶けてなくなっちゃいますけど(笑)
画像和鋼博物館は、日本の伝統的製鉄法である「たたら」に関する総合博物館として、平成5年に開館しました。
また、ここは市立図書館との併設施設でもあります。
そもそも「たたら」って何?とおっしゃる方へ。
「たたら製鉄」は、世界各地で見られた初期の製鉄法で、山などから採取した砂鉄に熱を加えて溶かし、含まれる酸素や不純物を取り除いて、純度の高い鉄を精製する方法です。まぁ一種の熱化学反応を利用した精製法ですね。製鉄に必要な熱量を生み出す為には、大量の空気を送り込む必要があるのですが、この送風装置である踏み鞴(ふいご)の事を「たたら(漢字で「鑪」とも「踏鞴」とも)」と呼びます。そこから転じて、たたらを用いた製鉄炉や製鉄工場、製鉄方法の事も「たたら」と呼ぶようになりました。
宮崎駿アニメ『もののけ姫』の冒頭で、鉄を作っている場面がありましたよね。アレです。
で、です。
安来の「たたら」は、それとは似て非なる「たたら吹き」という日本独特の製鋼法――砂鉄からいきなり鋼を作り出す直接製鋼法です。
山から採取した砂鉄を水路に流し、比重の差を利用して土砂と砂鉄とを分ける事を繰り返しながら、砂鉄純度を高めて行きます。これを「鉄穴(かんな)流し」と云います。最終的には80%以上の純度にまで高めていったそうです。
こうして集められた高純度の砂鉄を、三日三晩火にかけて製錬し、「鉧(けら)」という粗鋼塊を作ります。この鉧塊を打ち砕いて、中から鋼を取り出します。中でも不純物の少ない一等の鋼は〝玉鋼〟と呼ばれ、刀剣の材料になります。
特に島根産の鋼は、ここ安来港から北前船で運ばれて、岐阜の関や新潟三条などの刃物の産地に提供されていったのです。
鉧塊から鋼を選別した残り部分は「銑(ずく)」と呼ばれ、そのまま鋳物の原料になる他、さらに鍛造精錬を繰り返して、刃物の心鉄や道具の素材になっていきました。
これに対し近代製鋼法は、最初に銑鉄を作り、その銑鉄から炭素を抜く事で鋼を精製する間接製鋼法です。鋼としての純度はたたらで精製される和鋼に劣るものの、生産効率が非常に高い事から、やがて近代製鋼法に取って代わられ、手間のかかる「たたら吹き」は次第に衰退。大正14(1925)年、ついに最後のたたらの火が消えました。
しかし、いくら良質な鋼が大量生産されるようになったとはいえ、たたらで生成される和鋼には到底及びません。特に日本刀の特徴である刃紋が綺麗に出ないなど、美術刀剣界では和鋼の復活が強く望まれていました。
そんな中、昭和52(1977)年に日本美術刀剣保存協会が「日刀保たたら」を再建。今も全国各地の刀匠に良質の玉鋼を提供しています。
また、「たたら吹き」の技術は、特殊鋼「安来鋼」の生産技術に引き継がれ、様々な特殊鋼を世界に送り出しています。
……わかったぁ? わかんないよね。書いてる僕がわかないもん(笑)そういった「たたら」の歴史、和鋼の鍛造法、「たたら」に初めて科学のメスを入れた冶金学者・俵国一博士の功績について紹介されているのが、ここ和鋼博物館です。
画像ロビーには、足踏み吹子「天秤鞴(てんびんたたら)」の実物が展示されています。
送風吹子を天秤のように向かい合わせに置いた形をしており、踏み手は中央に立って左右交互に踏む事により、連続して炉に風を送る事が出来ます。この天秤鞴の発明により、炉の温度を上げる事が容易になり、鋼の量産化に多大な功績を残しました。
この吹子、実際に上って踏んでみる事が出来ます。
踏んでみると思ったより軽いです。もっと抵抗があって重いものだと思ってたのに、意外な軽さに驚いてしまい、「これなら幾らでも踏めるんじゃね?」と感じました。でも、係の人から「炉の火が燃え盛る高熱高温の中、これを1時間踏み続けて2時間休むという作業を、3日3晩続けるんですよ」と聞かされ、あっさり無理!!と思いました。
過酷な重労働なんですねぇ~。スゲぇダイエットになりそう――つーか、痩せこけそう(笑)
この踏み手の事を「番子」と呼び、実際は何人かが交代で踏んでいたそう。
そりゃそうだ。一人で全部やってたら死んじゃいますよ。それに、2時間も休んでたら、火も弱まっちゃいますよ。常に一定の火力を保ってなきゃならないんだから。
で、です。
「番子」が代わる代わる作業した事から「かわりばんこ」という言葉が生まれたんだそうです。今、普通に使ってる言葉、元々は製鉄場の専門用語だったんですねぇ。日本語って面白いですねぇ。
展示室には、その「たたら炉」の実物や、砂鉄掘りに使われた道具、鍛冶場で使われた道具などが展示されてます・・・・・・が、展示室は撮影禁止です。あしからず。

画像さて。
安来といったら、やっぱり安来節は外せない。
てな訳で、安来市郊外にある『安来節演芸館』へアラエッサッサ~♪と。
ここは安来節の保存と普及を目的に、〝安来節の殿堂〟として平成18年にオープンした、生の安来節と安来節にまつわる芝居が楽しめる観光施設です。館内には『どじょう亭』という食堂があり、安来名物のどじょう料理を味わう事が出来ます。
安来節の音頭に乗って捕ったどじょうかどうかは知りませんがね。
ここで目からウロコな情報。
「安来節といえばどじょうすくい踊り」というイメージを持ちがちですが、安来節とどじょうすくい踊りの間には、まったく何の関連性もないんです。
「どじょうすくい踊り」誕生の経緯を探れば、単なる余興。酒の席で酔っ払った呑兵衛たちが、どじょうすくいの仕草を安来節に合わせて面白おかしくやったところ大ウケ。それが口伝えに広まって、長い年月を経て行く間に、現在のリズミカルでコミカルな踊りに洗練されていったのです。
しかも、どじょうすくい踊りで掬っているのは「泥鰌」ではなく「土壌=砂鉄」という説もあるから、また目からウロコ。
じゃあどうして「安来節イコールどじょうすくい踊り」という図式が出来上がったかというと、それは安来節の成り立ちから説明しなければなりません。
安来節の原型となる「七・七・七・五調の節」は、江戸元禄時代(1688~1704年頃)から、安来地方の豊かな自然と素朴な人情の中で培われ、歌われ続けてきたといいます。天保年間(1830~1844年)の頃になると、船での交流が盛んになり、北前船が往来する安来港も、米や鉄の積み出し港として大いに栄えました。その船頭さんたちが口ずさんでいた「佐渡おけさ」や「追分節」など諸国の民謡の影響を受け、この「七・七・七・五調の節」も徐々に成長。特に、当時「おさん」という芸妓が唄った「さんこ節」は、安来節の元といわれています。
安来節が全国区になったのは大正に入ってから。「渡部お糸」という芸達者な女性が、三味線の名人・富田徳之助とともに一座を組み、全国巡業に出るようになってからの話。お糸一座は行く先々で大好評になり、一介の地方民謡だった安来節が、全国でも知られるようになる原動力になりました。
その一方で、安来節本来の華やかな踊りよりも、どじょうすくい踊りのユーモラスな踊りの印象が強く残り、「安来節イコールどじょうすくい踊り」という誤解を生む結果となったのです。
つまり、どじょうすくい踊りは安来節のほんのオマケ、余興だったものが、全国に伝わるにつれ「これぞ安来節」となっていってしまったのです。
じゃあ、本当の安来節って?
という訳で、桟敷席を模したステージでは安来節保存会による「正調・安来節」が披露されます。
画像
〽安来千軒 名の出たところ 社日桜に 十神山

という七・七・七・五調の節に合わせて、「正調・安来節」の優雅な踊りが舞台上に繰り広げられます。
ですが……あの……ごめんなさい。僕、こういうのに疎いもんですから、どうにも〝ちょっと華やかな盆踊り〟にしか見えないんですが(笑)
この七・七・七・五調の「素歌」の他に、字数にとらわれない「字余り」、間に別の民謡を挿む「あんこ入り」などがあります。
この「あんこ入り」、間に挿まる民謡が信州の「追分節」だったり、常陸・那珂湊の「磯節」だったり、越後の「佐渡おけさ」だったり、時には浪花節や都々逸だったりと、かつての北前船交易の名残が感じられ、大変面白いものです。
安来節、奥が深いです。
さて。
安来節踊りの発展型といいますか、お座敷芸の一つに、「銭太鼓踊り」があります。
画像「銭太鼓」は民族芸能楽器の一種で、竹筒の両端に穴の開いた銭を十文字に取り付け、振った時に銭の触れ合うシャンシャンという音を楽しむリズム楽器です。
これを踊り手が踊りの伴奏として、

〽何はなくとも 出雲みやげ ご覧下さい 銭太鼓

という安来節の節回しに合わせ、時に振り、時に回しながら踊るのです。
その様は、現代でいうところのジャグリングのようです。
目で見て、音で楽しむ安来節。
安来節にこういう一面があったというのは驚きでしたね。

さぁ。
ここまで来ておいて、どじょうすくい踊りに触れないってのは安来節に失礼ってもんです。
どじょうすくい踊りには「男踊り」と「女踊り」があります。

「あら、そうなの?」

手拭いで頬かむりをし、腰に魚籠(びく)をぶら提げてコミカルな動きをする、皆さん御存知のどじょうすくい踊りを踊るのが「男踊り」です。

「え!? まさか「女踊り」の方も、あんなコミカルな動きでどじょうを掬うの?」

半分アタリ、半分ハズレです。
「女踊り」は二人一組で踊るんですが、「男踊り」のようなコミカルな動きじゃなく、もっと舞踊的な洗練された踊りです。どじょう掬いのザルも小ぶりの平ザル。どじょうを掬う様も、どことなく女性らしい優雅さとしとやかさが感じられます。
「男踊り」と「女踊り」、こんなにも違うものなんですねぇ~。
画像画像














そのユーモラスな「男踊り」、定まった形はなく、各自が自由に踊ってかまわないそうなんですが、「顔に極端なつくりをしてはいけない」とか、「小便をする等の見苦しい恰好はしてはいけない」など最低限の決まりがあるそうです。
顔のつくりは鼻に一文銭をつけるだけ。
それにも理由があって、昔、農民が殿様に納める野菜を食べてしまい、侍に鼻を削がれたという言い伝えから、それを表現したものなんだとか。武士には絶対逆らえない農民の悲哀を顔にしたものだったんですね。何だかピエロのメイクに通じるものがありますね。
したがってコントなどで見る、口と鼻の間にマッチ棒をかませるアノ顔は、マナー違反、大間違いなんだそうですよ。
単なる余興、民謡の踊りの域を超え、社会派舞踊だった「どじょうすくい踊り」、奥が深いです。

……違うって(笑)


〽出雲名物 荷物にならぬ 聞いてお帰り 安来節


荷物にはならないけど、持って帰りづらいよね。
おすそわけも出来ないし。
持って帰るんなら、やっぱりコチラ。中浦本舗さんの「どじょう掬いまんじゅう」です。
画像

この記事へのコメント

意宇王
2009年11月30日 11:43
しかし、安来は興味深いところですよね。「坂の上の雲」関係で日露戦争のことを調べているのですが、出雲風土記に安来ことが載っていて、出雲四大神の一柱野城大神がまつられていたとか。司馬遼太郎はこの神を部族神とした子孫があの有名な乃木大将だと指摘しています。
讃岐屋
2009年11月30日 20:53
意宇王さま

ナルホド、「野城」→「乃木」という訳ですか。

乃木大将、明治天皇に殉じた事で「軍神」と崇められるようにはなりましたが、生前はあまり評価が高くなかったそうで。
その辺も追々調べてみては?
神奈川
2016年01月17日 19:09
安来で海綿鉄から白銑塊に関わられた日本最後の人が定年と聞く。凄まじいものづくりの過程が浮かび上がります。驚きです。ご自愛下さい。
茅ケ崎
2016年02月13日 06:33
砂鉄からペレット。焼成。低温還元。海綿鉄。アーク炉で、ハクセンカイですね。極めて、品位の高いインゴットですね。
神戸在住
2016年02月13日 06:37
鉄鋼界のピラミッドだ。圧倒されます。日立安来工場。
町工場
2016年03月11日 00:19
解かります。涙が出るほど、頭が下がります。
料理人
2016年03月13日 13:25
私も安来鋼の包丁を使わさせて、頂いております。
アクア
2016年03月25日 21:30
愛宕さんから望むのどかな街並みの安来でそんな物語があったのかと、感慨にふけります。十神山がすべて、ご存じなのでしょうね。
東京渋谷
2016年04月14日 18:36
海綿鉄製造の強烈な技術力。今では、ハイス。SLD-i,工具鋼、刃物鋼、航空機材、自動車部品、アモルファス、ファインメットへ特化している工場ですね。日本最大級の真空溶解炉も出来たそうだ。先人達が築いたものづくり力への信頼ですね。
大阪茨木
2016年04月26日 18:24
海綿鉄のルーツ、日刀保たたら製鉄が日本産業遺産に指定されたそうだ。次は世界産業遺産を目指して欲しいですね。凄いですね。日立安来エリア。
広島
2016年05月04日 11:27
それにしても、日立安来和彊会(OB会)って凄いですね。正に生きた、安来のものづくりのノウハウの塊ですね。
三好
2016年06月21日 22:16
島根の日立安来工場と言ったら、海綿鉄プラントが在った所ですね。たたらの原理の応用した、巨大な設備だった。現在のヤスキハガネの礎になっているのは間違いない。
宮川
2016年07月12日 20:45
島根の日立金属安来工場のカリスマが、5月定年と聞いた。衝撃を覚えた。あの人には、人生観が変わるほど、影響を受けました。
三上
2016年08月06日 13:21
アーク炉での白銑塊溶解は熟練した技能を要する。
電気炉従事者
2016年08月06日 13:22
そのとうりです。
名古屋マン
2016年10月23日 20:09
 佐久間特殊鋼さんとも話していたのですが安来はご無沙汰ですね。また一度お邪魔します。
化成処理皮膜屋
2016年10月27日 21:56
島根県安来市はもののけ姫で有名になったたたら製鉄のメッカですよね。境界潤滑現象に対し久保田博士もアシタカのように「曇りなき眼で見定める。」と若いころ決心したのでしょうね。
材料屋
2016年11月17日 14:37
島根の安来和鋼博物館に行ってきました。屋外にひっそりと展示されている、砲弾のようなインゴットがあの幻の鋼塊、ハクセンカイですよね。じっと見ていました。
プレス屋
2016年12月21日 06:46
日本で誇れるもの、先人達の頑張り。
北海道 足寄
2017年01月07日 21:14
安来の海綿鉄伝説に心を躍らせ、安来駅で日立金属さんの大工場を見た時は感激しました。にちや汗を流された歴史があったに違いない。
練馬
2017年03月09日 00:12
それは、東京国立科学博物館で知りました。真砂砂鉄から作られたものですね。
不知火
2017年03月09日 01:32
色褪せない凄さ。安来だね。
川崎
2017年03月20日 10:34
誠実生美鋼。徹底した安全文化の追求。安来工場圏。
真髄
2017年03月20日 11:09
安来和彊会ってありますよね。光を放っています。ヤスキハガネのノウハウの生きた辞書に見えます。
正二郎
2017年04月30日 12:58
安来の製鋼、圧延は5月頃から、熱くなるらしい。熱中症気をつけてくださいね。
溶解技術者
2017年05月08日 16:29
アーク炉に消石灰、海綿鉄、オイルコークスで溶解。追加チャージで追加。酸素パイプで炉内溶解.除滓、鉄鉱石、生石灰で脱鱗、シリコンで収まりさせ、16000度位で出鋼。凄い熱い作業ですね。鋳込みで、インゴット。驚愕だ。
溶解技術者
2017年05月08日 16:36
耐火物で考えれば、1600度だな。なるほど。技能を有しますね。それにしても、大変な作業だ。頭が下がる。
坂田
2017年05月08日 17:02
盆過ぎまでは、灼熱地獄だな。塩分補給は忘れないで下さい。動けなくなります。
大阪 梅田
2017年05月19日 20:24
ハガネといえば、日立金属安来工場。日本でも、代名詞になっている。凄いじゃないですか。
靖国
2017年05月31日 09:53
何でも、あの、のどかな安来の街と安来港周辺が日本遺産に指定されたとか。凄いですね。
ガリクソン
2017年06月01日 09:12
日立安来和彊会。よく聞きますよね。野球界で言えば、名球会ですよね。凄いですよね。
産業人現役
2017年06月03日 20:47
日立和彊会って定年退職された方々の会ですよね。OB会ですね。生きたノウハウの塊です。尊敬します。
経済界
2017年06月06日 19:47
日立金属安来のポテンシャルは凄い。底力とも言ってよい。着々と新鋭がすすんでいるらしい。
エルロン
2017年06月07日 01:35
さらに進化している工場だと感じます。高度な人間力と技術力。さすがです。日立金属安来工場。世界でもスウェーデン鋼か日本の安来鋼かといわれるくらいトップクラス。
フラップ
2017年06月07日 07:03
日立安来和彊会とは、安来工場定年退職者の会で、ノウハウの生きた塊と聞く。
桜島
2017年06月10日 10:58
エキサイティングな気持ちにさせますね。日立金属安来工場圏。
ハイテクメタルテクノロジー
2017年06月13日 20:42
世界一の真空溶解炉。連続鋳造技術。巨大プレス圧延技術。アモルファス製造力。気になりますね。
福井
2017年06月27日 19:07
島根の安来へ行ってみたいですね。ハガネの街ですね。
鉄鋼界
2017年06月27日 20:54
決して、昔話では終わらない、日立金属安来工場さんですね。期待しています。
新素材
2017年06月28日 09:44
安来アモルファス工場も、世界経済がマッチすれば、ブレーク間違いなしと聞いた。
安来工場圏エリア
2017年07月02日 18:32
協力会社の社員も、日々の、技術研磨も進行させている。頼もしいですね。
パラレルワールド
2017年07月06日 11:48
日立金属安来工場。安来エリア凄いですね。時代を駆け抜けて行く。更なる高見へと。
日本の有望工場ファン
2017年07月16日 09:38
僕も日立金属安来工場のファンになっちゃいました。憧れます。頑張って下さいね。
出雲神
2017年07月16日 22:05
旧暦の神無月。出雲地方は神在月という。全国の神様が出雲大社に集まられる際、休憩される所が、何を隠そう、安来港にそびえる三角形の山が、十神山なのである。
投資家
2017年07月21日 09:11
安来エリアの良いところは、人間力。引き付けられますよね。期待できます。
人工知能
2017年08月01日 08:59
島根の日立金属安来工場の凄いところは、究極のところ、人間力だ。つまり、設備、建屋の中にいる、人だな。しっかりね。
鉄鋼ファン、姫路
2017年08月05日 09:31
先日、島根の安来和鋼博物館に行ってきました。屋外にひっそりと、砲弾型のインゴットに出会いました。案内板も何もなく。逆に強烈なエネルギーを感じた。あれこそが、幻の鋼塊、ハクセンカイに違いない。深い、感動を感じた。
理系活動事例
2017年08月07日 15:44
そうゆう、文化的な活動があったこと自体、日本の誇り、宝ですね。
滋賀,堅田
2017年08月08日 19:03
日立金属安来工場。安来エリア。憧れます。
大阪
2017年09月28日 19:29
あの、のどかな安来の街にある、巨大工場が、日立金属安来工場さんですね。日々、進化しているものづくり力。ハガネの街ですね。
西城
2017年10月13日 09:36
島根の安来市にある、日立金属安来工場。頑張っていますね。ものづくりの鏡。
電気自動車、
2017年12月02日 21:59
あの、有名なクラッド材も時代が求めてる素材ですね。リチウムイオンバッテリー。特殊鋼もアモルファス、ファインメットも頑張ってほしいですね。安来鋼ファン。
職人
2018年01月19日 22:13
安来和彊会、己の業務に生涯を捧げ、神界で精進を重ねた人達ですね。尊敬します。
稲佐の浜
2018年02月16日 00:38
私もそう思います。その凄さは本物だからです。
大阪 難波
2018年03月18日 23:12
日本のテクノの聖地。安来エリアだ。
靖国神社
2018年03月20日 22:13
日立安来安来和彊会ってよく聞きますよね。いぶし銀のオーラを感じます。

ミトコンドリア
2018年09月04日 12:12
職人、技術者、科学者、サムライだね。
経済ジャーナル
2018年12月06日 21:52
日本一の真空溶解炉、1万トンプレス、高速四面鍛造と新営が続きますね。
大阪、摂津市
2019年01月06日 23:07
そりゃ、島根の安来がハガネの街と形容されるのは無理もないと感じた。それほど、鳥肌が立つほどの衝撃なのです。
サムライ魂
2019年01月09日 22:07
現在の圧倒的な信頼を築いた先人達は凄いと思いますね。
十神山
2019年01月16日 22:06
健康と安全はすべてに優先する。誠実生美鋼ですね。
日経人事ウォッチャ
2019年02月27日 23:04
 久保田博士はダイセル播磨へ移籍したらしいですね。
自動車業界
2019年04月04日 20:17
明日は今日より良くなる筈だ。のスピリットを感じます。

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