境港は妖怪の故郷なのじゃ。

画像『ねこ娘列車』に揺られて45分余り。やっぱり傘を差しての観光になりそうです。
〝鬼太郎駅〟の愛称が付いているJR境港駅は、港町を象徴するかのように、2階建ての駅舎の屋上に灯台の塔が建てられています。
で、駅前には執筆中の水木しげる先生のブロンズ像が。
鬼太郎とねずみ男が興味津々で覗き込んでます。じっと睨んでる目玉おやじは編集者か?

その他にも、いろんな妖怪のブロンズ像が駅前を賑やかに飾ります。郵便ポストの上には、一反木綿ならぬ〝一反はがき〟に乗った鬼太郎の像が。
ここ境港駅前から『水木しげる記念館』のある本町商店街アーケードまでの800mは、『水木しげるロード』と名付けられています。両側の歩道には、有名無名数々の妖怪の銅像がズラリと並びます。その数133体!
ブロンズ像は、『ゲゲゲの鬼太郎』に出てくる妖怪だけじゃなく、この〝悪魔くんとメフィスト〟のように、水木しげるワールドの代表作品の登場人物も並んでいます。
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『水木しげるロード』の途中には、『妖怪広場』と名付けられたポケットパークがあります。公園内には『河童の三平』をモチーフにした〝河童の泉〟という噴水池が、昨年3月に仲間入り。
この噴水池、主人公の三平が住む河童淵を再現(?)したもので、三平の他にも、幼少時の鬼太郎など9体の銅像が置かれています。
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公園全体はこんな感じ。
奥で湯気が立ち上がるように煙っているのが〝河童の泉〟です。
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小便小僧ならぬ〝小便鬼太郎〟の像。
いや、それはいいんだけど、そこでねずみ男が泳いでるってのはどうだ?
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目玉おやじの照明灯。暗くなるとこんな感じで灯ります。
京都の〝あぶり餅〟じゃないんだから……

『水木しげるロード』をさらに先に進みますと、見えてくるのが妖怪神社。
一反木綿をデザインした鳥居をくぐると、黒御影石で出来た高さ3mと2.5mの石柱と、樹齢300年の欅の板を組み合わせた御神体が。なんと水木しげる先生自らが入魂したシロモノだそうで、鳥居脇に設置された銘石碑は水木先生直筆の物。
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銘石碑の反対側には『目玉おやじ清(きよめ)の水』というのがあります。
水盆の中でぐるぐる回る目玉。文字通り〝目が回る〟(笑)
さて、神社に御神籤は憑き物……じゃなかった、付き物。という訳で、すぐ隣の〝社殿〟では、『妖怪おみくじ』を扱っています。1回200円。
おみくじを運んでくるのは、巫女さんに扮したカラクリ人形なんですが、それが鬼太郎や猫娘、ねずみ男などにパッと変身するんですね。さすが妖怪巫女。どれに変身するかは、おみくじの中身同様お楽しみ、という事で。
つーか、鬼太郎やねずみ男に変身した時点で、それはもぉ〝巫女〟ではないだろうと(笑)

画像大正川に架かる橋では、欄干上に鬼太郎とねずみ男が陣取っています。
この橋を渡って『水木しげるロード』の端まで行くと、アーケードが架かる本町商店街があります。商店街の中程に、左手に白壁の土蔵を組み合わせたような建物が見えてきます。ここが『水木しげる記念館』です。入館料700円。春休みや夏休みなどを除き、毎週火曜日が休館日。
広い前庭には、赤ん坊の頃の鬼太郎や、しげる少年に多大な影響を与えた〝のんのんばあ〟の銅像が建っています。
水木しげる先生は、本名は武良(むら)茂。「水木」はペンネームなんですね。大正11(1922)年に、鳥取県境港市に生まれます(厳密には大阪の住吉区生まれですが、生後間もなくに、父親の故郷である境港に越してきてるので、境港が故郷と言っても間違いではないでしょう)。〝知恵遅れ〟という訳ではないのですが、言葉を発したのは随分遅くになってからで、その影響からか、うまく発音できない幼少時代を過ごしています。例えば、自分の名前である「しげる」がうまく発音出来ず、いつも「ゲゲ」と言っていた事から、周囲からはそうアダ名され、それがあの『ゲゲゲの鬼太郎』の〝ゲゲゲ〟につながったという逸話が残されています。
当時、家にお手伝いさんとして雇われていた〝のんのんばあ〟こと景山ふささんにとても可愛がられ、ふささんから聞かされた妖怪話などが、後の〝水木しげるワールド〟の原型となりました。
先生は、非常におっとりしたノンビリ屋な性格で、良くも悪くもマイペース。そのせいか、看板職人や活版工として働きに出るも、周囲と合わず、どれも2ヶ月ほどでクビになっています。
小さい頃から絵が上手で、将来は絵描きとして生計を立てようと(というより、兵役逃れの為)美術学校に入学しますが、やがて召集令状が届き、戦争に駆り出される事に。「北と南、どちらがいいか」尋ねられた時、南の方が暖かいからという理由で「南」と答えたばかりに、激戦地であるラバウルに送られます。
連合軍側の圧倒的な戦力の前に所属部隊は玉砕しますが、直属の上官の機転で、ジャングルでのゲリラ戦に転じます。が、その最中にマラリアを発症。野戦病院での療養中、敵機の爆撃を受けて左腕を失います。
終戦を迎え、日本に復員。たまたま訪れた神戸で、ひょんな事からアパート経営者に。そのアパートの店子に紙芝居画家がいた事から、その人に教えてもらいながら紙芝居画家の道へ。紙芝居の編集者が、いつまでたっても先生の名前を覚えてくれず、ずっと「水木さん」「水木さん」と呼ぶので(経営していたアパートの名前が「水木荘」でした)、「面倒臭いからもういいや」と、それをペンネームにしました。〝漫画家・水木しげる〟誕生の瞬間です。
昭和30年代になると、アパート経営も斜陽になってきた事から、整理して上京。また、貸本漫画が流行した影響で紙芝居が廃れた事から、貸本漫画家に転身。いろいろなジャンルの漫画を描きましたが、中でも戦記物や怪奇物を得意としました。この頃から『墓場鬼太郎』『河童の三平』などを描いていました。
昭和39(1964)年、雑誌『ガロ』において『鬼太郎夜話』でメジャーデビュー。翌40年に『別冊少年マガジン』で『テレビくん』を連載。やがて人気作家の一人になって行きます。
昭和41(1966)年には『悪魔くん』が実写ドラマ化。翌々年の43年には『ゲゲゲの鬼太郎』がアニメ化。いずれの時も初回放送の際は、実家の両親も上京して一緒に正座してテレビを鑑賞し、感激して番組終了後は拍手をしたという逸話が。また、『鬼太郎』アニメ化の際は、当初の『墓場の鬼太郎』というタイトルをスポンサーが納得せず、『ゲゲゲの鬼太郎』に改名して、ようやくOKが出たという話も。
平成8(1996)年、故郷の境港市に『水木しげるロード』が敷設され、平成15(2003)年、この『水木しげる記念館』が開館。オープン記念式典に出席された先生は、多くの人が喜んでいる様を見て、「俺は幸せ者だったんだ……」と、しみじみ語られたそうです。
現在、先生は86歳。2人の娘さんと多くのお孫さんに囲まれながら、今も情熱的に活動中とか。

――なんていう半生が展示室の前半部分で、後半はいよいよ妖怪うごめく〝水木しげるワールド〟のお出ましです。〝ぬりかべ〟や〝小豆あらい〟など、名だたる妖怪の皆さん(笑)が数多く紹介されています。そのどれもが非常にリアルで、「実は本当にいるんじゃないか?」と思わせるようなリアルさがあります。
ところで、失った左手にまつわるお話。
布枝夫人との見合いの際、母親からの厳命で義手を作りますが、先生本人は義手を着けるのを嫌い、着けたのは見合いの席と結婚式の時だけだったとか。その義手も展示されていますが、「をひをひ、これじゃ『鋼の錬金術師』だって……」と思わせるほどお粗末なシロモノ。ただの鋼鉄製の筒に肌色の塗料を塗ったような物で、当時としちゃ至極一般的な物だったんでしょうが、本当に〝取って付けたような〟義手。「こらぁ先生じゃなくても嫌がるよなぁ~」と妙に納得できる物でしたね。
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常設展示室を抜けた中庭は、作家の京極夏彦氏が監修した『妖怪庭園』になっています。庭園内に置かれた灯篭や石像が、『鬼太郎』に出てくる登場人物ならぬ登場妖怪の姿をしており、とてもユーモラスな、見ているだけで楽しい庭になっています。
2階の企画展示室では、安藤広重の『東海道五十三次』を模して水木先生が名付けた『妖怪道五十三次』の絵が展示されています。広重の『五十三次』の絵の中を鬼太郎たちが旅するという『妖怪道五十三次』、見ていると「あ! ここに鬼太郎が」「こんなところにねずみ男が!」と楽しい発見がいっぱいです。
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また、鬼太郎やねずみ男の秘密などを紹介したパネル展示もあります。
目玉おやじが履いている靴は、実はサンタクロースからの贈り物だった。人を騙してばかりのねずみ男が、実はバツ1で、しかも相手は結婚サギ師だった。子泣きじじいと砂かけばばあのアヤシイ関係(夫婦じゃないけど、赤の他人でもない)などなど。初めて知って「へぇ~、そうだったのぉ!?」と驚くような話ばかり。
妖怪の世界、奥が深いです。

画像記念館の裏手の方には、『ゲゲゲの妖怪楽園』という小さなテーマパークがあります。
テーマパークというよりは、ちょっとした休憩施設って感じですかね。
昔ながらの見世物小屋をモチーフに作られたメイン館の周囲には、出店(射的場)や茶店などが散りばめられていたり、鬼太郎ハウスや一反木綿のすべり台があったりします。
一反木綿のすべり台……滑り甲斐ありそう(笑)
メイン館の中は、ここでしか手に入らない鬼太郎グッズ(『妖怪道五十三次』の絵はがき等)や、旅する鬼太郎たちと一緒に記念写真が撮れたりします。も、子供たち大喜び。
面白いのはトイレの案内。普通は紳士淑女のマークなのですが、ここでは鬼太郎とねこ娘のマーク。さすが。
入場料は無料なのですが、メイン館の中にある3Dシアターは有料です。
しばし休憩しながら、〝水木しげる妖怪ワールド〟に浸ってみては?



とにもかくにも。
境港の街というのは、至る所『ゲゲゲの鬼太郎』一色、妖怪一色です。〝妖怪に逢える街〟なんて言ってますが、逢いたくなくても逢える街ですね。
だからって、本物の妖怪に出逢えるかどうかは定かじゃありませんが。






皆さまの今年一年の御多幸を、目玉おやじともども、心からお祈り申し上げます。
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