ご近所のらり旅 ―桃太郎さんは盆栽がご趣味―

童話でも有名な『桃太郎』。
皆さんがよく知っているのは、犬・猿・雉をお供に鬼ヶ島へ鬼退治に出かけ、人々をさんざん苦しめていた鬼を懲らしめ、たくさんの財宝を携えてお爺さんお婆さんの許へ帰ってくるというお話でしたね。
実はこのお話に続きがあるというのをご存知でしたか?
そんな〝続〟桃太郎伝説が残る土地が、高松市の西にある鬼無(きなし)町という場所なのです。
実はワタクシめが住む場所からは目と鼻の先。ほんのお散歩コース的なトコだったりします。
てな訳で、今回の〝のらり旅〟は何処へ行くでもなく、すぐご近所の街をのらりくらりと散策いたします。
これがねぇ、実に散策し甲斐のある土地だったりするんですよ!



物語は遠く神話の時代。
孝霊天皇の子である稚武彦命(ワカタケヒコノミコト)が、讃岐に住む姉の倭迹迹日百襲姫命(ヤマトトトヒモモソヒメノミコト)に会いに来たところ、瀬戸内の島々を中心に暴れまわっていた海賊に苦しめられている民衆の姿を見て義憤にかられ、海賊退治に乗り出す事を決意します。
稚武彦命は、雉ヶ谷というところに住む老夫婦の許に身を寄せながら仲間を募ります。やがて、犬島(岡山県の沖にある島)出身の水軍、猿王(現・綾川町陶)出身の火を操る焼物師一族、雉ヶ谷出身の弓の名手など多数の仲間を従え、海賊の本拠地である女木島(高松沖にある島)へ攻め込んで海賊を降伏させ、海賊が人々から奪い取った金銀財宝を奪還、雉ヶ谷へ凱旋します。
ここまでが皆さんご存知のお話。
え? そんな話、全然知らないですって?
では、稚武彦命を桃太郎、お供は出身地の頭文字を取って犬・猿・雉、海賊を鬼に置き換えると……ほぉら、「桃太郎」のお話でしょう?
では、話を後日談に戻しましょう。
稚武彦命にやり込められ、怒り心頭の海賊たち。その勢いを駆って、逆に雉ヶ谷へ攻め寄せます。迎え撃つ稚武彦命軍。激しい戦闘の末、稚武彦命は海賊をすべて討ち滅ぼします。この戦で鬼(当時、人々を苦しめるものは人であろうが病気であろうが「鬼」と呼ばれていました)がすべていなくなったので、雉ヶ谷の地名は「鬼無(〝鬼がいない〟という意味)」と改められました。
これが、鬼無に伝わる桃太郎伝説。
で。
この英雄譚が、後の世に讃岐國の国司として赴任してきた菅原道真の耳に入り、数々の創作を加えた上で『桃太郎』という話を作ったという訳です。単純に天皇の息子・稚武彦命の英雄譚としただけでは堅苦しい上に、歴史の中で時の為政者によって都合のいいように作り変えられると考えたんでしょうね。お伽話にカムフラージュして、後世に伝えようとした道真の苦労が偲ばれます。
やがて京に戻った道真公、このお伽話を宮中の方々で得意満面に語り、大人気になったとか。まぁ、宮中の公家や女御の愉しみなんざ、こういったお伽話に耳を傾けるくらいしかなかったんだと思いますよ。ただ、ベストセラーにはなってもロングセラーにはならなかったらしく、一説では、時代の表舞台に桃太郎のお伽話が登場するのは、室町時代になってからだそうです。
……スゴいですねぇ、道真公まで出てきましたよ。しかも『桃太郎』の作者ですって。
いったいどこまでが本当なんでしょうねぇ?
まぁ、はっきりと言えるのは、日本最古の歴史書である古事記に「孝霊天皇が吉備津彦命(キビツヒコノミコト)・稚武彦命の兄弟を西国平定に遣わした」(日本書紀では崇神天皇の命となっている)と記してありますので、
お伽話である桃太郎は史実を元にして作られた話
という事です――古事記が〝歴史書〟であって〝歴史小説〟でなければ、ですが。

ちなみに「桃太郎」という名前、稚武彦命が倭迹迹日百襲姫命の弟という事で「百太郎(「ひゃくたろう」と読んではイケナイ。それじゃ『うしろの百太郎』だもの)」と呼ばれ、そこに道教の「桃は魔除の果実」という言い伝えが加わって命名されたんだとか。
また、「桃は若返りの実」という言い伝えもあり、川から流れてきた桃を食べ、若返ったお爺さんとお婆さんがアッハンウッフンした結果に生まれたのが「桃太郎」というお話もあるそうで。
事実、明治期に小学校の教科書に載せられるまでは、そういう話になっていたそうですよ。
「子供に聞かせる御伽話」が「子供には聞かせられない艶話」になっちゃいました(笑)
でもそうなると、「〝もも〟から生まれた」ってのも、あながちウソとも言い切れない(爆)

あと、桃太郎の黍団子は、実は兄の吉備津彦命から贈られた軍資金だったという解釈もあります。その軍資金で犬・猿・雉を雇い入れ、鬼ヶ島討伐に向かった――と考えれば、とてもしっくりきますわな。


…………
はい?
「『桃太郎』って岡山の話じゃないのか?」ですって?
そのとおり、岡山は岡山で、『桃太郎』の元になった言い伝えがあります。それが〝温羅(ウラ)伝説〟です。
こちらの主人公は稚武彦命の兄・吉備津彦命。
その吉備津彦命が、吉備國鬼ノ城(現・岡山県総社市)を根城にしていた百済国の王子・温羅と弟の王仁(オニ)を討ち果たした英雄譚が話の元になっています。
まさしくオニ退治(笑)
こちらにもイヌ・サル・キジの家来は登場します。

     ・イヌ=犬養部の犬飼武命(イヌカイノタケルノミコト)
     ・サル=猿養部の楽楽森彦命(ササモリヒコノミコト)
     ・キジ=鳥取部の留玉臣命(トメタマノオミノミコト)

の3人。こちらは部族ではなく個人なんですね。
え~……それぞれ○○〝部〟と付いてますが、会社やお役所の部署名ではなく、ましてやクラブ活動ではありません(笑) この〝部〟というのは律令制以前にあった氏姓の事です。臣とか連とかと同意議です。
つまり、犬養部というのは犬を飼育して警護を生業としていた人たち。今でいうガードマンですな。
猿養部は……別に猿を飼っていた訳ではなく、山中で製鉄を生業としていた〝山部〟とも呼ばれていた人たち。猿のように山の中で暮らしていたから〝猿養〟と。
鳥取部は弓矢などを用いて鳥を捕まえていた人たち。いわゆる猟師です。(この氏族が、今の鳥取県の名前の由来になったという話は、またの機会に)
戦い慣れた者がいて、地の利に長けた者がいて、弓の使い手がいて――図らずも、讃岐説と合致しましたな。

ただまぁ……岡山の伝説は、時代的整合が取れていない(古事記の記述が正しければ整合が取れるが、日本書紀の記述が正しければ、吉備津彦命が生きていた時代と温羅が生きていた時代に数百年以上の開きが生じる)とか、温羅伝説には鬼を懲らしめた後でお宝を持ち帰る件がないとか、そもそも〝人々を苦しめる鬼〟と説かれている温羅が実は民衆から信望を集めていた名君だったとか、いろいろと否定的な一面もありまして……
なので、岡山の桃太郎伝説(温羅伝説)は、桃太郎を大和朝廷、鬼を朝廷に従わない地方国家と読み取ると、古代大和朝廷による地方平定の話なのではないか、とも言われています。

まぁ、全国に散らばっている〝桃太郎伝説〟は諸説いろいろありまして、どれが正しいとは一概には言えないのですがね。
モチロン、『鬼無の桃太郎伝説』も疑わしい面はいっぱいありますよ。
でも、それを一つ一つ検証していっても詮無い事ですしね。
ただ。
「桃太郎のお話が風水(陰陽五行)を元にした、完全な作り話」という説は、ガセ、後付け、こじつけの類じゃないかとされてます。
風水説では、「桃太郎の家来である犬・猿・雉は、鬼(鬼門=丑寅(艮)=北東)に対抗する裏鬼門にあたる未申(坤=南西)の方角を指す」と解釈してますが……だからといって、羊を排して鳥と犬を持ってくるのはゴーインすぎ。おとなしい羊は戦力にならないとして外された?
〝酉〟の解釈も、ワシやタカなどもっと戦向きの鳥がいるのに(もっと言うなら、神武天皇を勝利に導いたのは八咫烏というカラス)、どうしてキジなのか説明されていない。
そもそも、日本に五行思想が入ってくるのは5~6世紀。風水に至ってはもっと後。
吉備津彦命の西国平定や稚武彦命の海賊征伐は紀元前の話。
菅原道真公の讃岐國赴任は9世紀後半ですが、陰陽道はともかく風水がどこまで一般化していたかは甚だ疑問です。
どうです? いかに後付けの解釈かがわかるでしょう?


ともあれ。
『桃太郎』のお話は、実は単なる勧善懲悪のお伽話ではなく、古事記にも語り尽くされなかった一大歴史ロマンの口伝であったという一面もあるんだよ――という話を紹介してみました。
どないだ?



そんな鬼無一帯。
駅にも桃太郎伝説が溢れています。
特急はモチロン、快速電車だって早朝便と深夜便しか停まらない駅ですが、『鬼無桃太郎駅』という愛称が付けられています。
そういった縁でしょうかね、ホームには某ゲームソフト会社から寄贈された『桃太郎』の石像があります。
画像
ば~い はどそんっ(笑)
イヤイヤイヤ。こぉ~れはどぉ~なんだ?


駅から西に少し行った先、桃太郎こと稚武彦命を祀った桃太郎神社があります。
正しくは〝熊野権現桃太郎神社〟と云い、イザナギ・イザナミを祭神として祀っています。
神社の言い伝えによれば、この一帯の鬼を駆逐したのは熊野権現という事になっていますが、いつしか土地に古くから伝わる桃太郎伝説と合体。稚武彦命も合祀する形で、〝熊野権現桃太郎神社〟となりました。
神社側は「鬼を退治したのは熊野権現」と言い、街の人々は「退治したのは桃太郎」と言い……妙な話(笑)
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いやいや、さすが桃太郎神社。鬼瓦ならぬ〝桃瓦〟ですもの(笑)
みうらじゅんが喜びそうな顔出し看板は御愛嬌という事で。
して、本殿脇にはなんと!桃太郎と犬・猿・雉、そしてお爺さんお婆さんのお墓まであります。
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桃太郎を挟んで右が犬、左が猿、その隣が雉のお墓だそうです。
て事は、この大きい岩がお爺さんお婆さんのお墓? 桃太郎よりデケぇんでやんの(笑)
つーか、犬・猿・雉の祠より桃太郎の墓石の方が小さいってのはどうなの?(爆)
一説によれば、犬・猿・雉は鬼が逆襲してきた時に戦死した事になっているんだとか。
前述のとおり、犬・猿・雉ってのは決して誰かを指した訳ではなく、ましてや本当に犬だったり猿だったりした訳ではありません。桃太郎、ドリトル先生じゃありませんから。
ですんで、ここにある祠ってのは、誰かのお墓ってんじゃなく、その一族のお墓って考えた方がいいのかもしれないですね。
ちなみに、神社の裏山は柴山と名付けられています。ハイ、お爺さんが柴刈りに行った山です。
(余談ながら
お爺さんが山へ柴刈りに、お婆さんが川へ洗濯に行くのは「性別で作業分担するのはおかしい!」と異を唱える市民団体がいて、そこが出している本では、お婆さんが柴刈り、お爺さんが洗濯をしているんだとか。
他にも、鬼退治が「暴力的だ」として〝話し合いによる和解〟に書き換えられている本もあるんだとか。
何を考えてんでしょうね。そんな御伽噺まで主義主張で歪曲されたんじゃ、たまったもんじゃないですよ。
とにかく、今の子供たちに『桃太郎』の話をすると、「学校(幼稚園)で聞かされてるのと違う!」と言われるかもしれませんよ。
最近の桃太郎は、電車に乗って時空を超えたり、「変身」したりするらしいですけど(笑))

画像さて、県道33号線まで戻りまして。
線路を越えた反対側、鬼無交番(こちらも『桃太郎交番』という愛称が付いてます)の向かい側に、『鬼ヶ塚』というものがあります。
桃太郎(=稚武彦命)が、討ち果たした鬼の屍骸をここに埋め、弔ったと言い伝えられています。
意外や意外、もっともらしい史蹟がちゃ~んとあるもんなんですねぇ。






この鬼無という街、「盆栽の里」を標榜してるだけあって、造園業を営む家がたくさんあります。また、全国の松盆栽の8割は、ここ鬼無で生産されているそうです。そのシェアは日本国内だけに収まらず、海外にも輸出されているんだとか。
前にニュースでやってましたが、盆栽に魅せられたフランス人青年が、ここ鬼無に住む造園家の下で盆栽造りの修行に励んでるそうです。
〝KINASHIのBONSAI〟、世界的ブランドになっちゃいました。
高松西高校の手前には、高松市植木盆栽センターというのがあります。多くの造園家が丹精込めて育てた盆栽・植木がここで競売にかけられ、全国へと出荷されて行くのです。また、毎年秋には『きなし盆栽植木まつり』というイベントが催され、盆栽・植木の即売、オークション、プロによる盆栽の健康診断などが行なわれます。
いやぁ~、全国の盆栽マニア垂涎の(笑)イベント! 世界中の盆栽バカが、ここぞとばかりに集ってくる訳ですよ。まさに『マニアさんいらっしゃい』(爆) 
時に皆さん、盆栽ってどうやって育てるか知ってます? 最初から鉢に入ってる訳じゃないんですよ。
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こうやって、畑である程度まで大きく育ててから、鉢に植え替えて商品とするんだそうです。
こんな小っちゃくても「松ッ!!」て主張してんのがおっかしくって……


盆栽植木センターへ向かう途中、ちょっと気になるお店を見つけました。
『囲炉裏空間 善』
一見すると普通のお家のようで、看板に珈琲屋の名前が入ってなければ、ここが喫茶店だなんて思いませんって。
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いやぁ~、いい雰囲気じゃないですか。店先の手押しポンプと「営業中」の表札代わりの徳利が泣かせますねぇ。徳利に書かれた『やっりょるで(讃岐弁で「やってます」という意味)』の文字がほのぼのさせるじゃないですか。
お店には靴を脱いで上がります。店全部が小上がり状態。民家を改造しましたってのが丸わかりの、階段を利用した物置(笑)
カウンター内には焼酎のボトルキープなんかが置いてあって……してみると、夜は居酒屋になるんですかね?
で、店名の由来ともなる囲炉裏が店の奥に。これ、飾りなんかじゃないんです。事前に予約注文しておけば、この囲炉裏を囲んで鍋料理がいただけるんですねぇ。
まぁ、鍋なんか囲まなくても、この囲炉裏を眺めてるだけで、ノスタルジックにかられてしまうのは僕だけでしょうか。
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こうして巡ってみると隣街・鬼無、なかなかに面白い場所じゃないか、と。
別に遠くまで行かなくても、「旅」出来るじゃないか、と。
だからって、小じんまりと落ち着くつもりはありません。
次回ののらり旅、ド~ンと世界一周豪華客船の旅を!!

……ははは。
ウソウソ、しません。出来ません。やれる訳がありません。



スミマセン……

この記事へのコメント

2008年10月31日 22:46
わ~凄い!

楽しませていただきました。

こんな伝説のある場所が、すぐそばなんて、楽しそう!
それにしても、讃岐屋さんの、文才には恐れ入りました。

お婆さんが川へ洗濯に行くのは「性別で作業分担するのはおかしい!」と異を唱える市民団体がいて、そこが出している本では、お婆さんが柴刈り、お爺さんが洗濯をしているんだとか。
>可笑しいですね。

〝KINASHIのBONSAI〟
>テレビで見ました。世界的なんですから凄いですよね。

『囲炉裏空間 善』
>こんなところで、飲んでみたいな~!


讃岐屋
2008年11月01日 00:06
そうなんですよ。
鬼無が桃太郎伝説に縁のあるってのは知ってたんですけど、詳しくは知らなかったんですよね。今回ちょっと調べてみて、「はぁ~、ナルホドねェ~」と思った次第。
リポートしてる人がこうだもの、読んでる側にしたら、もっと「へぇ~」な話なんでしょうね。
今度、『全国桃太郎伝説の里めぐり』なんつー旅、やってみようカナ?

『善』さん。今度は夜に行って、あの囲炉裏端で鍋をつつきたいと思ってます。
なんか爺ちゃん家で飲んでるみたいな気分になったりして。

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