長崎BREEZE

画像さぁ、長崎を観光で訪れた人が必ず行くというグラバー園。ワタクシめも参ります。オノボリさんですから(笑)

オランダ坂を上りきった先、石橋電停を横切り、商店街と住宅街を抜けると、グラバー園第2ゲートに続く「グラバースカイロード」が見えてきます。
大浦天主堂の先、第1ゲートから入園するのがオーソドックスらしいのですが、メインのグラバー邸がすぐに登場しちゃうし、上ってかなきゃなんないですからね。だったら上から下っていきましょう――て。
まぁ、実際は「あ、コッチからも行けるんだぁ」で飛びついちゃったんですけど(笑)
さて、この「グラバースカイロード」ですが。一見するとエスカレーターに見えるでしょ? ワタクシもそう思ってました。
ところが。
コレ、実は日本初の〝「道路」として位置づけられた〟斜行エレベーターなんです。乗ったら〝箱ごと〟斜めに上がってくんですよ。
ケーブルカーかい。
下りた先には、大浦天主堂前から第1ゲートに続く道と、第2ゲートに続くエレベーターがあります。このエレベーターは普通の垂直式です。
第2エレベーターを降りると、そこはもう第2ゲート。入園料は普通なら600円ですが、SUNQパスの御威光発揮で団体料金の500円で入園。

画像ゲートをくぐると、早速コイが泳ぐ池と2階建ての瀟洒な洋館がお出迎え。
明治29(1896)年、三菱重工長崎造船所第2ドックの側に建てられたドックハウスです。当時は船が修理でドック入りしている間の、乗員の休憩宿泊施設として利用されていました。
……修理工員のじゃないんだぁ。
昭和49(1972)年、グラバー園再整備の折に長崎市に寄贈され、この地に移築されたそうです。
思うんですが。
他の洋館群はこの山手地区にあった為に戦禍を免れたそうですが、このドックハウスが建っていたのは港の、しかも造船所。
戦争被害――特に原爆被害とかには遭わなかったんでしょうか?

画像館内は、グラバー園のもう一つの玄関口らしく、長崎とグラバー園の歴史が紹介されていたり、園内を紹介するビデオも上映されていたりで、案内所の役目をしっかり果たしています。
また、造船会社らしく世界の帆船や豪華客船の模型が展示されていたり、庭先に三菱造船の刻印が入った錨がオブジェとして置かれていたりしています。
そして、園の最上部に位置するだけあって、2階バルコニーから眺める景色はベストビュー!
何に遮られる事もなく、長崎港の全景と遠くに稲佐山を望む絶景を、かつてグラバー卿も眺めていたんでしょうか。
前庭には何匹もの鯉が泳ぐ池。この池の水がそのまま流れて、下の段の噴水池に続いてます。
池の畔には、長崎が生んだ砲術家・高島秋帆の指導で作った和大砲「高島流和砲」があったり、外国人居留地との境界を示した石柱があったりします。

画像一段下りた先には、明治初期の日本海運業界に多大な功績を残した英国人ロバート・ネール・ウォーカー氏の次男であるウォーカーJrの邸宅だった『ウォーカー住宅』が建っています。洋館でありながら、日本様式を取り入れた造りになっています。元は大浦天主堂の隣に建てられていたそうです。
この屋敷は、明治後期に建てられたとされていますが、定かではありません。わかっているのは、ジュニアが大正4(1915)年に購入し、昭和33(1958)年に亡くなるまで居住していたという事。
父であるロバート氏は、海運貿易業を営む傍ら、日本最初の清涼飲料水製造会社「バンザイ炭酸水会社」を設立。ジュニアは、そこの2代目社長になります。
この「BANZAIサイダー」、日露戦争が始まった明治37(1904)年に発売、居留地に住む人々や外国船の船員向けに販売されていましたが、いつの間にか人々の間から消えていった〝幻のサイダー〟だったのです。それが2年前に地元長崎の酒卸業者である長崎県酒販さんが、資料が一切ない中、ウォーカー氏の子孫らの協力を得て、ついに復刻版の開発に成功。値段は220円と若干高めながら、現在市内の酒屋やデパート、土産物屋などで購入できるようになりました。
さて、ロバート氏の兄であるウィルソン氏は、明治18年(1885)年、日本郵船の設立に尽力する一方、グラバー卿と共に「ジャパン・ブルワリー・カンパニー」というビール会社を設立。これが現在のキリンビールの前身となっている訳です。
こうしてみると、ウォーカー家というのは、近代日本の発展に非常に影響を及ぼした商家だったんですねぇ。

画像ウォーカー住宅の向かいには、長崎地方裁判所長の官舎として使われていた屋敷があります。
この2階建ての洋館は、市内上町にあった長崎会所(江戸幕府長崎奉行が設置した、今で言う税関)跡に建てられていたもので、外人居留地以外に建てられた洋風の官庁建築物としては、唯一現存するものです。明治16(1883)年築。当時、居留地の外でも西洋化が進んでいた証しでもあります。
昭和49年のグラバー園再整備の折に現地に移築。現在はレトロ写真館となっています。
文明開化よろしくレトロちっくな貸衣装に身を包み(貸衣装は30分500円)、グラバー卿ファミリー(の白黒写真パネル)と一緒に記念写真が撮れるというもの。といっても、カメラは各自持参。ポーズを決めたところで、係員がシャッターを押してくれます。
だから何なんだっての(笑)
まぁ、顔出しパネルのちょっと大掛かりなものと思っていただければ。

次の段へ下りる坂の途中、日本で初めての西洋料理店『自由亭』が建っています。
出島で西洋料理を学んだ草野丈吉、馬町の諏訪神社近くに『良林亭(のちに自由亭と改名)』を開業します。当時から大盛況で、18代アメリカ大統領のグラント将軍や各国のVIPたちが訪れる一方、貴賓客の接待や地元高官の社交場などに利用され、毎日のように賑っていたそうです。
この建物は、明治11(1878)年に建てられたもの。園内には、その1/4程度が移築保存されています。
傍らには『西洋料理発祥の碑』なんてのがあったり、稀代のオペラ歌手であるマリア・カラスが植樹したオリーブの木なんてのもあります。
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現在も2階がカフェとして営業しています。貴族・高官じゃなくても利用できますので(笑)、園内散策でちょっと疲れた時、御自慢のダッチカーァヒィ(いわゆる水出しコーヒーなんですが、メニューにこう書いてますので……)で一息つくのもいいでしょう。
それにしても。

      料金は一人前3朱(今の値段で13,000円くらい)、6人以上お断り、前日に予約する事

なんて敷居の高い店なんでしょう。〝注文の多い料理店〟かい。
まだ電話網が発達してなかった時代、どうやって予約を入れてたんでしょうね。


画像最下段には、お待ちかねのグラバー邸が。
文久2(1863)年に建てられた、日本最古の木造洋風建築。国の重要文化財にも指定されています。正面玄関がなく、上から見ると四葉のクローバーのような形をした、南国のバンガロー風の特徴的な屋敷。実はグラバー卿自らの設計によるものとか。
英国人のグラバー卿は、お茶や海産物を扱う貿易商である一方、薩摩・長州などの若き維新志士と親交を深めていきます。殊に幕末の英雄・坂本龍馬との交流は有名で、物心両面からの支援を惜しまなかったと言います。そうかと思えば、幕府や各藩に対し武器や船舶などの軍需品を売り、莫大な利益を上げています。
ナルホド、倒幕運動を支援した一方で、あの幕末の混乱を生み出す一翼も担っていた、という訳ですか。
(結局、諸藩の掛売りを回収できずに、グラバー商会は倒産してしまうのですが……)
その後、三菱の相談役として活躍する一方、造船ドックの建設や炭鉱開発など、日本の近代化に多大な功績を残しました。
この邸宅は、グラバー卿が明治30(1897)年に東京へ移るまで暮らしており、その後は息子である倉場富三郎氏(英名はトーマス・アルバート・グラバー。「グラバー」だから「倉場」って……)の居宅になりました。
昭和32(1957)年に長崎市に寄贈され、一般公開されました。これがグラバー園の最初とされています。その後、市内に残るいくつかの貴重な洋館を移設し、グラバー園は現在の姿になりました。
では、じっくりご堪能いただきましょう。
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どないだ?
邸内には、当時の家具・調度品とともにグラバー卿ゆかりの品々が展示されています。
また、ツル夫人の部屋に向かう廊下の天井裏には、幕府に追われる維新志士を匿ったとされる隠し部屋があります。「夫人部屋の近くに、まさか……」という敵を欺く仕掛けだったらしいです。残念ながら、現在は下から鏡越しに覗くだけですけどね。
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中は二間続きの畳の間で、襖まであったとか。隠し部屋なんで、さすがに窓はありませんけどね。この部屋に坂本龍馬らが身を潜めていたかと思うと、何とも感慨深いものがありますね。語られざる幕末史ってな感じで。

園を退出する際は、『長崎伝統芸能館』を通って外へ出ます。
ここには、長崎の伝統祭りである〝長崎くんち〟に使われる本物の神輿船がズラリと並び、祭りの模様を紹介するビデオが上映されています。
また、奉納される〝蛇踊り〟に用いられる龍なども展示されています。中国の祭りなどで見られる、太陽を図顕化した金の玉を追ってパ~パラパ~パ~♪と踊りまくる、あの龍ですな。
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〝長崎くんち〟というのは、長崎の氏神様である諏訪神社の秋の例大祭の事で、国の重要無形伝統文化財にも指定されています。
勇壮で豪華絢爛、異国情緒溢れる祭りの様子、少しは感じ取っていただけるでしょうか。
まぁ、後はグラバー園のお土産物を売るショップを通って外へ出る、お決まりのコースになってますけど。

出口ゲートを出て、反芻するようにパンフレットをもう一度見て……
なんという事でしょう!
ワタクシ、グラバー園の半分しか見てませんでした。
……まぁまぁまぁまぁまぁ。
まぁいいでしょう。肝心のグラバー邸は堪能できた事ですしね。
グッスン


税理士が送る祭カウントダウン

この記事へのコメント

2009年05月23日 00:50
神戸の税理士事務所さんのサイトに全国の祭りパーツがありました。
その中に長崎くんちがありました!
嬉しかったのでコメントとして公開させて頂きました!
結構良いかもです!
http://www.cg1.org/parts5/
讃岐屋
2009年05月23日 01:02
>相生の税理士さま
へぇ~え、いろんな事やってる人がいるんですねぇ~。
てな訳で、長崎くんち貼っちゃいました(笑)

でもコレって、毎年ある祭だからカウントダウンも成立するけど、松江ホーランエンヤみたいに12年に一度ある祭だったりする場合、どうすんでしょ?

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