どるびぃ さらうどん

朝から動き回ると、さすがにお腹が空くってもんです。大浦天主堂を後に、新地中華街で昼食を摂る事にします。
やっぱ、長崎といえば中華街でしょう――て、確か神戸や横浜でもこんな事言ってませんでしたっけ?
進歩ねぇなぁ。
でもまぁ、これにて〝日本三大中華街〟完全制覇です。
も、ちゃんぽんでも皿うどんでも持ってきやがれってんだ!
「ぢゃあ、マクドナルドのハンバーガーで」
え~!? マックはヤダぁ~(←ワガママ)


新地中華街、びっくりするほど小さいです。
新地バスターミナルそばにある湊公園から、銅座川(川そのものは地下に潜っちゃってますけど)に架かる新地橋まで至る、わずか150mほどの南北に走る通り。そのちょうど中間点で、ワシントンホテルの前から銅座通りまでを東西に抜ける道が十字に交差しているだけ。この十字路に40軒ほどの中華料理店や中国菓子、中国雑貨の店がひしめいてる訳です。
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             玄武門(北門)                  朱雀門(南門) 奥は湊公園内にある「名牌楼」
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         新地中華街のメインストリート                   中華街の中心 華僑会館

ん~……横浜中華街や神戸南京町に比べたら、あまりにチャチ過ぎるぞ。これで四神門がなかったら、普通の商店街と大差ないじゃないか。まぁ、色彩や看板を見ると中華街である事は疑いないんですけどね。
それでいいのか、長崎新地!?

画像店はある程度の見当を付けてました。
玄武門(北門)すぐそばにある『中国料理館 会楽園』さんです。
どうしてここを選んだかっつーと……単にガイドブックに載ってた料理の写真が旨そうだったからなんですけどね。
……いいのかよ、そんな選び方で(笑)
最初から狙いだったのか、たまたまそうなったのかはともかく。混み合う時間帯を外した事もあってか、待たされる事もなく席へ案内されます――といっても一人ですから、必然的にカウンター席になっちゃう訳ですが。
ここの名物料理は東坡肉(トンポウロウ=豚バラ肉の角煮)らしいのですが、せっかく長崎まで来たんです。どうせなら、本場の長崎ちゃんぽんや皿うどんが食べたいじゃないですか。
さぁ、そうなれば究極の選択です。具だくさんのちゃんぽんにするか、サクサクパリパリの皿うどんか……
ワタクシめが選んだのは――
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ドルビーサラウンド 5.1ch
いやいやいや、違った違った(汗)皿うどんですら。
暑い夏の最中、熱っつ~いちゃんぽんをハフハフ言いながら食べるのも、それはそれでよかったんですが、如何せん暑い中を歩き過ぎました。これ以上熱いのはごカンベンとばかり、皿うどんの方を選んじゃいました。
〝皿うどん〟とは云いますが、うどんよりは焼きそばに近いです。餡かけ硬焼きそば――て、わざわざ説明する程でもないですわな。一目瞭然って事で。
麺は太麺と細麺があって、太麺はちゃんぽん麺に鶏ガラ・トンコツスープを加えながら炒め、細麺は油でパリッパリに揚げます。これに野菜・肉・魚介類がたっぷり入ったトロミ餡がかかる訳です。
長崎では細麺、佐世保では太麺が出てくるとか。同じ長崎県内でも随分違うもんなんですねぇ。また、注文の際に何も言わなければ、十中八九、細麺が出てくる店が多い事から、長崎を訪れる観光客には「皿うどんはパリパリの細麺」という固定概念が出来上がってしまったとか。
あ、僕ですか? 太麺も魅力的だったんですけど、やっぱり細麺を頼んじゃいましたねぇ。あのパリパリ感を愉しみたかったですから。「パリパリ感がなけりゃ皿うどんじゃないっ!」てな固定概念の塊みたいな人間ですから。
えぇ。オーソドックス第一主義、典型的なドA型ですが何か?
食す時にはウスターソースをかけるのが長崎流。クルッと一回ししてから……いただきまぁ~す!!
うん! ウマいっ!!

一口めがまだ胃に到達する前に叫んじゃいますよ。
あのねぇ、餡がハンパねぇッス。今まで食べて来たどの店よりもコクがあるっつーか。
もぉ冗談抜きに「長崎来てよかったなぁ~。生きててよかったなぁ~」って。「たかだか皿うどんくらいで、何を大袈裟な」とお思いでしょうが、ウソじゃねぇって。ホントなんですって。そこまで疑うんなら、アンタ来て食ってみなって。
皿うどんだけでこんなですもん、その〝名物〟〝自慢の一品〟とやらを食したらどうなっちゃうんでしょ。
これで800円てなぁア~タ、涙ものですよ。


画像腹ごなしの運動のつもりで、ちょっとコチラに立ち寄ってみました。
オランダ坂下、NTT西日本長崎病院の隣にある孔子廟(文廟)です。
孔子といえば、中国春秋時代の思想家にして儒教の創始者。
仔牛といえばフォン・ド・ヴォー。ドナドナド~ナ~♪
……関係ナイっすね(笑)
その仔牛孔子、今じゃ神格化され、学問の神様として崇められています。菅原道真が天神様になったようなもんか。
長崎の孔子廟は、明治26(1893)年、唐人街(中国版居留地)を形成するまでに大発展した在日華僑が、清朝政府の協力を得て建てたもの。中国は山東省曲阜にある総本山(孔子の旧宅跡)に引けを取らない程の伝統美溢れたものになっています。
日本各地にも孔子廟がいくつか建てられています(湯島天神や栃木の足利学校、岡山の閑谷学校など)が、中国人自らが建てたものは長崎孔子廟だけです。
横浜や神戸を例に取るまでもなく、中華街がある場所にはたいてい、三国志でも有名な武将・関羽雲長を祀った関帝廟(武廟)が建ってます。これは、関羽が信義に厚い武将だった事から、商売に一番必要な〝信用〟を司る神として崇められるようになり、世界中に散った華僑が商売繁盛を願って建てたからです。
ここ長崎でも、崇福寺に関帝が祀られてますが、聖廟は建てられていません。

ぐるりと囲んだレンガ塀。朱塗りの柱と壁。大きく反り返った黄色い屋根。極彩色に彩られた姿は、いかにも「中国っ!」てな雰囲気アリアリです。
「黌門(がくもん)」と名付けられた入口門から中に入ると(入館料は消費税込525円)、そこはもう一気に古代中国の世界。「碧水橋(ひすいきょう)」と呼ばれる石造の太鼓橋が架かる前庭。「彗星門」という名の格子状に組まれた石柱門は、孔子廟の大門(正門)にあたり、日本の鳥居の原型なんだそうです。
朱塗りの柱と白壁の対比も鮮明な「儀門」は、本廟の正面玄関、内正門(二の門)です。正面の柱には龍が踊り、屋根の上には龍や鳳凰、麒麟などの勇ましい姿が。入口の門戸は3つあり、このうち真ん中の門は神様と皇帝以外は通れない決まりになってます。
でも、今日のワタクシめは神様であり皇帝ですから(笑)、堂々と中央から入ります。
……神様で皇帝だけれど、登山家ではないんだな(爆) トロ~リ~!!
廟内は、「両廡(りょうぶ)」と呼ばれる回廊が左右に続きます。この両廡は全面黒大理石張りになっていて、そこに孔子が説いた『論語』全文が刻まれています。もっとも、全部漢文なんで、ちっとも読めやしないです。ハイ、チンプン漢文です。「子曰く」どころか「子のた打ち回る」ですね。
両廡の前には、孔子の高弟72賢人の石像がズラリと並びます。
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一番奥にある木造神殿が、孔子廟の正殿「大成殿」です。孔子様は、この中の神座に坐してらっしゃいます。

と、ここまでぐるっと廻ってみましたが……正直、「え!? これだけ?」てな感じです。「これで入場料500円は正直高すぎるゾ、中国人ボッタくるなぁ~」とか思っていたのですが、それは浅はかな考えでした。
メインイベントはこれからです。
大成殿の裏手に、中国歴代博物館というのが建っているんですが、この博物館がパねぇッス! ナント北京故宮博物院や国家博物館と提携している世界唯一の博物館なんです。
故宮博物院と提携してるって事は、ここには中国の国指定一級文物(国宝)級の品々、国外不出といわれる品々がズラリと展示されてるって事です。
特別巡回展などでお目にかかる事はあっても、それは稀です。毎日やってる訳じゃないですからね。ところが、ここは常設博物館。いつでも見られるんです。そうはいっても、2年に1度は展示物の入替がありますが――て事は、足繁く通えば、故宮博物院収蔵の品々がすべて見られる訳ですね。……何百年かかるんだよ。
漢王金印、色彩豊かな陶磁器、珊瑚や翡翠を用いた繊細な工芸品の数々。
見事すぎるくらい見事な芸術品の数々に、もぉもぉもぉもぉ、言葉が出ません。ため息しか出ません。
ここは必見ですね。何なら、ここを見る為だけに入場料を払ったと言ってもいいほど。


いやぁ~、いい拾い物したワ。


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