豊田一族が遺したモノ

チョット遅い……訂正、メチャメチャ遅い昼食を取って、店を出たら3時半――いくら何でも遅すぎだろ!
てな訳で、どこか見て回るにしても1ヶ所がいいトコでしょう。それもあまり遠くない場所で。着いたはいいけど「お時間ですので」と云われたんじゃ元も子もありませんから。
画像で、選んだのはトヨタテクノミュージアム・産業技術記念館。
地下鉄東山線・亀島駅から歩いて10分ほど(名鉄だと栄生駅からすぐ)。JRと名鉄の高架下をくぐって、則武新町交差点を左折。名駅通を真っ直ぐに、食器で有名なノリタケの本社前も過ぎて少し行くと、赤レンガ造りの大きな建物が見えてきます。
結構郊外にあるのかなぁ~と思いきや、実は名古屋駅裏のわりと近い場所にあるので驚いた。地下鉄も名鉄も、名古屋駅からは一区間です。
トヨタのブランド名を一躍有名にした紡織と自動車製造の歴史、製造の過程で培われてきた産業技術について紹介しています。
敷地総面積は約4万2千平米。元々は豊田紡織(現・トヨタ紡織)の本社工場だったと云いますから、随分と都心に大工場を構えていたものです。
その広大な敷地の中、本館は紡織技術を紹介する「繊維機械館」と自動車及びその生産技術を紹介する「自動車館」に分かれ、その周囲に、創業者である豊田佐吉が居住しながら発明に励んだ「豊田商会事務所」、大正時代の事務棟で現在はグループの歴史を紹介する「トヨタグループ館」、創業期の鉄工場を移築した「創造工房」などが点在します。
こちらは、年末年始と月曜日を除く毎日朝9時から夕方5時までが開館時間。現在時刻は夕方4時ですから、最終入館時刻の4時半には余裕があるものの、これだけ広大な施設ですので、随分と駆け足の見学になりそうです。

画像館内に入ってすぐ、エントランス・ホールにデンと構えるのは巨大な機械。名を「環状織機」と申します。
豊田佐吉は、今まで平面でしかなかった従来の織機から発想を転換させ、筒状に織り上げる環状織機を発明しました。この発明により、従来は機械の幅でしか織れなかった布が、より幅広に織る事が出来るようになりました。(縦に裁断すれば、円周分の幅は取れますもんね)
平面から立体へ――この常識にとらわれない独創的な発想、モノづくりにかける情熱こそ、今日のトヨタが、ひいては日本の産業技術が発展しゆく礎になった事は疑うべくもないでしょう。
また、その精神を具現化した環状織機は、『産業技術記念館』のテーマである「創造と研究の精神――モノづくりの心に出会い、知り、体験する空間」のシンボルになっています。

順路に従って、まずは繊維機械館へ。
糸を紡ぐ、布を織るといった人類最古の技術の、手工業の時代から機械化、自動化を経て現在に至るまでの変遷を、ここでは紹介しています。大きな紡績機や織機が何十台とズラリ並ぶ様は、まるで本物の紡績工場のよう。それもそのはず、ここは、大正時代に建てられた紡績工場の建屋をそのまま利用しているのです。
最初のコーナーでは、麻から綿へ、そして化学繊維へと遷り行く繊維技術と、18世紀にヨーロッパで起こった産業革命で生まれた様々な紡績機を紹介しながら、〝糸を紡ぎ布を織る〟という行為は、有史以来何千年という時を経て、機械化・自動化された現在においても、一切変わっていない事を認識させてくれます。世界中で織られてきた織物が紹介される中で、たとえ時代や場所は違えど、その行為は不変のものだと訴えかけてくるのです。
場内では、オペレーターが糸紡車で真綿から糸を紡ぎ、織機で布を織る行程を実演してくれます。画像画像















これが産業革命以前の日本の姿なんですね。何とも大変な作業です。
この大変な作業を何とか軽減させられないかと知恵をめぐらせた佐吉は、旧来の織機を改良し、また西洋技術を意欲的に取り入れ、道具から機械へと昇華させました。両手を(時には両足も)駆使していた機織を、片手で簡単に織れるように工夫改良し、動力機関を導入する事で高速かつ大量に織れるようになり、今ではコンピューターを導入する事で、複雑で多種多彩な織物が瞬く間に織られるようになりました。
布の織り方別、目的別に開発された様々な織機には感心させられます。しかもここは、ただ見せるだけじゃなく、実際に動かす事で、その仕組みや特徴をよりわかりやすく解説しているのです。傍らのボタンを押すと、ある機械は音声と映像で説明され、またある機械は息を吹き返したように動き出すのです。その織機で織られた布地も展示され、この織機ではこの布地が織られるという事が、まさに〝手に取る〟ようにわかります。
画像特に、当時は世界一と評価された「G型自動織機」の集団運転は圧巻です。天井に取り付けられたモーターの動力は、そこにつながるシャフトとプーリー、プーリーにかかるベルト、ベルトから各織機へと伝えられ、何十台という織機が一斉に稼動し始めるのです。
その発想といい、バタバタという音とともに布が織られて行く様といい、見ているだけで楽しくなります。
また、昔は手で這わせていた横糸が、最近の機械では、ジェット水流や圧縮空気を使って送り出されているのには、正直ビックリしました。織機の生産性を高める為には、横糸を素早く入れる必要があるそうですが、水圧や空気圧で瞬時にスパッと飛ぶ様は、思わず「おぉ~っ!!」と声を上げてしまう程です。
佐吉が、明治23(1890)年に「豊田式木製人力織機」を初めて世に出してから118年、ここまで進歩するとは誰が予想したでしょうか。技術の革新というものは目まぐるしいものですね。
ここまで織機の技術について述べてきましたが、糸を紡ぐ紡機の技術も目ざましいものがあります。
画像明治になりたての頃、日本ではようやっと紡ぎ車から簡単な道具へと進歩しました。ガラガラ音を立てながら糸を紡ぐから「ガラ紡機」と名付けられた紡機が発明された頃、西洋では既に機械紡績で良質の糸が大量に生産されていました。〝富国強兵〟を打ち出し急速に近代化を図ろうとていた明治日本が西洋に追いつくには、西洋技術を取り込むしかありませんでした。それを改良し、日本独自の技術にまで発展・昇華させたのが佐吉であり、息子の喜一郎です。
文明開化を迎えた近代日本は、西洋技術を積極的に導入しましたが、今や日本が世界をリードするまでになりました。
最新鋭の紡機では、全行程をコンピューターが管理する完全自動化が実現され、目にも留まらぬ速さで糸が紡がれて行きます。人間の仕事は機械に異常がないか監視するだけという、紡績業界が求める高速化と省力化を実現したマシンという事になります。

トヨタの顔・自動車の「自動車館」です。内部は、「材料試験室・試作工場」「自動車のしくみと構成部品」「自動車技術」「生産技術」の4つのゾーンから構成しています。
今でこそトヨタといえば自動車ですが、自動車製造事業に乗り出したのは昭和8(1933)年、2代目・喜一郎の時でした。当時はまったくの手探り状態で、ボディひとつ造るのにも完全ハンドメイドでした。
「材料試験室・試作工場」のゾーンでは、モックアップ(原寸木型)に合わせて鉄板を手叩きでパネルに仕上げ、ボディを組み立ててゆく様子を再現した「試作工場」と、自動車を構成する各種材料の試験・研究に使われた「材料試験室」を、愛知製鋼刈谷工場(かつての豊田自動織機製作所)から移設して展示しています。
手作業から機械プレスに変わったとはいえ、その行程は今とまったく変わっていません。また、材料試験に使われた機械類も、電子式・精密式になったとはいえ今と変わりがありません。これを、人海戦術からオートメーションに変わっただけで基本的に進歩がないと見るか、当時の技術が何歩も先を進んでいたと見るか――僕は後者だと信じるんですが、どう思われますか?
画像続くゾーンでは、自動車の基本的なしくみについて紹介しています。自動車が「走る」「曲がる」「止まる」しくみについて、実機展示で説明されています。エンジン、クラッチ、デファレンシャルギア、トランスミッション、ステアリング(ハンドル)、ブレーキなど各部門に分かれ、それぞれの原理と役割について、非常にわかりやすく解説されています。
男の子って、こういう機械的なのって大好きですよね。「車なんて、キーを回せばエンジンがかかって、アクセル踏めば走って、ブレーキ踏めば止まって。それでいいじゃない」ぐらいにしか興味がない女性でも(実際、こういう人が多いんです)、このコーナーを見れば「へ~え、アタシの車って、こんな風にして動いてるんだぁ」と感じる事でしょう。
続くコーナーでは、トヨタが今まで発表してきた数々のエンジンのうち、代表的な14基を展示しています。トヨタが初めて世に出した乗用車であるAA型に搭載されたA型エンジンと、その原型となったシボレー社のエンジンに始まって、現在の主流になりつつあるハイブリッドエンジンに至るまで、低騒音・小型軽量化・低燃費化を図ってきたエンジン開発の歴史を垣間見る事が出来ます。
画像ロータリーエンジンといえばマツダという印象がありますが、実はトヨタでも作ってたって知ってました?
といっても、これは試作機。燃料効率などの問題をクリアできず、試作レベルで終わってしまったそうです。
こういった試行錯誤を繰り返しが、現在のハイブリッドエンジンへとつながって行くんでしょうね。
今は燃料電池という新しい技術分野を研究中です。遠い将来、今のようなガソリン車やディーゼル車から電気自動車へと遷り変わって行くんでしょうね。

この自動車館は2階建てになっていて、1階は「自動車技術」「生産技術」を紹介するゾーンになっています。戦後、日本の自動車メーカーの多くは外国のメーカーと提携し、技術導入とライセンス生産を行なってきました。その中にあって、トヨタは独力で国産技術の確立を目指し、国内事情に合った独自の企画・開発で様々な車種を誕生させてきました。ここでは、試行錯誤を繰り返しながらも、独自でゼロから築き上げたトヨタの技術開発の変遷を展示しています。
G型トラック、初代クラウンからプログレに至るまで、トヨタを代表する車種をズラリと並べられ――あれ? パブリカを見なかったな。
我が家はずっとトヨタでしたね。コロナ(マークⅡじゃないですよ)、コロナときてスプリンターが2世代。トヨタ好きの一家でした。
とか言いながら、僕が乗ってるのはマツダですが(笑)
印象に残っているのは初代セリカ。エンジン・トランスミッション・内装の3つを、オーナーの好きなように組み合わせられる、当時では画期的なフルチョイス・システムでした。お隣さんが乗っていたので、記憶にあるんですよね――コイツも展示されてなかったな。カムリやダブルエックスはあったけど。
安全技術も向上して行き、ボディ剛性やABSなどは昔とは比べ物になりませんね。それもこれも、モータリゼーションの普及と高スピード化の影響でしょうか。その昔、乗用車は贅沢品で、せいぜいが一家に一台あるかないかの時代が、今や一人に一台(ヘタすりゃ一人で何台も)所有するようになってしまいました。数が増えれば事故も増えるという事で、シートベルトが出現し、2点式が3点式になり、エアバッグが登場し、今や横からの衝撃から身を守るSIPSバッグを装備する車が出るまでになりました。急ブレーキ時などに車輪がロックしないABSシステムは、ほとんど標準装備品になってきてますし、追突防止用に自動で速度調節する車や、居眠り運転防止装置を装備する車まで出てきてます。
この先、どこまで進化するんでしょうね。
1階フロアの大部分は「生産技術」ゾーンに割かれ、実際の自動車製造ラインと寸分違わぬ製造工程が展示されています。AA型の頃は完全手作業だったものが、今ではフルオートメーション、流れ作業で作り上げられて行く。その技術革新にも驚きますが、その中でも一貫して〝人の手のぬくもりが感じられる〟製品を作り続けているという姿勢には、感動すら覚えましたね。

画像出口では、パートナー・ロボット(最近、CMなどで見かけますよね)がトランペットの演奏でお見送り。
う~ん……確かに指はスムーズに動いてんだけど、別にトランペットじゃなくてもいいよね。つーか、結局、曲はCDか何かで流してるだけだし(笑)
感動って面では、アシモ君にはるかに負けてるゾ。
コッチの分野では、まだまだこれからってトコでしょう。マンガ家のアシスタントなんて、もっともっと先の話のようですよ、松本零士センセ。
最後の最後でチャチさというか、ケチがついた感じだね。
だったら、なくてもよかったなぁ~……





図らずも、いい社会勉強になったと思いますよ。
できれば、もう少し時間をかけて見たかったなぁ~。

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