NAGOYA BAYSIDE STORY~B SIDE

画像名古屋港水族館から港を跨ぐ橋を渡って、向こう岸の名古屋港ポートビルへ参ります。
ガーデンふ頭臨港緑園の隣、水際に建つ名古屋港ポートビルは、海に浮かぶ白い帆船をイメージした建物です。
……どっちかっつーと、船のレーダーって感じがしなくもないんですが。上の階、クルックル廻ってくれませんかね?(笑)
ビルの1階は無料休憩所とインフォメーションセンターのあるロビー、2階はレストランとギャラリーになっています。また、4階には200人収容の講堂が、2階と6階には会議室があります。
地上53mの最上階は展望室になっており、晴れた日には遠く伊勢湾や御嶽山まで見渡す事が出来ます。
そして3・4階には、名古屋港の歴史と市民生活との結びつきについて紹介する『名古屋海洋博物館』が入居しています。

『名古屋海洋博物館』へは、エレベータを3階で降ります。降りるとそこがもう入口。船のシンボルである号鐘と、グラブバケットと呼ばれる港湾浚渫(しゅんせつ)用の機械が出迎えます。
扇形した館内は4つのコーナーに分かれています。
入ってすぐのコーナーでは、名古屋港の成り立ちと入港する船舶について紹介しています。早速、貨物船や大型客船の模型がお出迎え。こういうのを見てると、「一度でいいから、こんな豪華客船で船旅がしたいなぁ」と思うんでしょうね、皆さんは。僕は……長距離フェリーでの長旅で懲りてますから。いや、する事なくてねぇ~。周り見ても海しか見えないし。貧乏性なんでしょうか、退屈するのがイヤなんですねぇ~。そのくせ、バスや電車に乗ったらすぐ寝ちゃうんですけどね、この人は(笑)
画像壁面ではパネルで、名古屋港建設の経緯や工事の過程などを紹介していますが、何よりも目を惹くのが名古屋港のパノラマ模型です。名古屋港の全容と、関連港湾施設がどこにあるのかが一目でわかります。今、自分たちがいるガーデン埠頭が、実は随分と港の内陸側に位置してるんだという事に、ちょっと驚かされます。
パネル展示の反対側の壁には、ブイやコンテナなど港ではおなじみの品々が並びます。ここでは、輸入貨物船が入港してから荷下ろし、検疫を経て、海上から陸上輸送に切り替わるまでの貨物の流れと、それらに携わる人々とその仕事について説明しています。
フロアの一番奥には、4階に上がる階段の手前に、実際の船で使われていた舵輪やレーダー、機関操作盤などで再現された模擬ブリッジが設置されています。ちょうど海を臨む窓に面して置かれてますので、舵輪の前に立つと、ちょっと船を操縦してる気分に浸れます。
4階のフロアは、誕生してから現在に至るまでの世界の船の歴史と、海上交易について紹介しています。丸木舟に始まって、ギリシャ・ローマ時代のガレー船、大航海時代を象徴するカティサークなどおなじみの帆船などが、模型や年表などを使って紹介されています。
紀元前3千年頃からと云われている地中海貿易が、やがて大航海時代を迎え、アフリカを越えて遠くインドまで到達するようになると、様々なスパイスがヨーロッパにもたらされるようになりました。このフロアでは、〝海のシルクロード〟と呼ばれた東西交易ルートがもたらした数多くの品々や船上での暮らしについても、本物のスパイスなどの展示を交えて紹介しています。
4階フロアはこれだけ。階下に戻り、続くコーナーは海上輸送の主役・コンテナを紹介しています。実物大コンテナ模型の中には、名古屋港から輸出入される製品やその原料が展示されています。さすが名古屋、輸出される自動車はやっぱりトヨタ(笑)
画像コーナーの一角には、コンテナ積み下ろしに使う「ガントリークレーン」という大型クレーンの操縦シミュレータがあります。操縦席にあるモニターを見ながら操作レバーを動かして、クレーンで吊り上げたコンテナを船に載せるんですが……意外と難しいんスよね。僕、クレーン免許は取れませんね。猛特訓が必要です――て、取る気あンのかよ!?
最後のコーナーでは、まだ熱田浜と呼ばれていた頃から現在に至るまでの名古屋港の歴史を紹介しています。尾張藩の御座船の模型などが展示されています。帆に大きく描かれた三葉葵が印象的でしたね。この船が前から来たら、どんな船でも道を譲るでしょうね。
名古屋港といえば、忘れちゃいけないのが伊勢湾台風です。昭和34(1959)年9月26日、中心気圧930ミリバール(=ヘクトパスカル)、最大風速60mという非常に強い超大型の台風15号が、時速70㎞とも90㎞とも云われる速度で東海地方に襲い掛かりました。この台風による伊勢湾岸の高潮被害は、死者・行方不明者5千人以上(うち、愛知県で3千人以上、名古屋市だけで約2千人)、被災者は愛知県だけでも約79万人に及ぶ大災害となりました。満潮時を外れていたにもかかわらず、潮位4m近い高潮が襲ったと云いますから、その恐ろしさは推して知るべしでしょう。ほとんど津波じゃん。
ここでは、その被害状況をジオラマ模型で紹介していました。倒壊する家屋、流される材木、腰まで水に浸かりながら逃げ惑う人々……随分リアルにこさえてるぢゃん。
まぁ、それだけ未曾有の大災害だったって事だし、それを乗り越えて復興したところに今日の隆盛があるといったところでしょうか。
フロアには、船に関する書籍やビデオの閲覧コーナー、名古屋港に関するQ&Aゲームや、船が入港して桟橋に着岸するまでを体験できるシミュレーションゲームなどがあります。『電車でGo!』ならぬ『貨物船でGo!』ですね――人気出なさそう……。
海洋博物館と云うだけあって、まさに〝博物館〟という真面目さ。〝楽しくお勉強〟というにはチョット堅苦しいかな、と。アトラクション性は、ガントリークレーンのシミュレータと船の操縦ゲームだけ。
う~ん……せめてもう少し肩の力を抜いてくれたらなぁ~。正直、名古屋城の展示に負けてるゾ。どうする海洋博物館!?

画像エレベータで最上階の展望室へ。
細長いフロアに数台のソファと望遠鏡――て、それだけ? 売店も何もないの?
はぁ~……いやぁ~……こぉ~れで300円は高いわ。
そりゃ確かに名古屋港どころか360度見渡せますけど、それだけじゃあねぇ~……

ポートビルの横には、南極観測船「ふじ」が繋留されています。昭和40(1965)年11月の就役から昭和58(1983)年4月に退役するまで、18回に及ぶ観測支援の任務を終えた「ふじ」は、ここ名古屋港に永久繋留され、昭和60(1985)年8月、南極博物館として第二の人生をスタートさせました。
船内では、案内板と蝋人形により長い航海の様子を紹介しています。その模様は2年前の旅でも紹介してますので、そちらをどうぞ。(うわ! 手抜きだ)
やっぱり見所はヘリ格納庫を改造した南極博物館でしょう。
南極での観測風景を再現されてたり、実際に南極で使われた雪上車やスノーモービルが展示されています。他にも南極圏通行証書や「ふじ」の航海を大学に見立てた〝卒業証書〟、昭和基地公安委員会(笑)発行の運転免許証など、南極観測隊ならではの珍しいモノも展示されてます。
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卒業証書の文面には笑っちゃいましたねぇ。「厳しい受験地獄を体験することなく」だの「暑さと睡魔、船酔との闘いにも負けず」だの、頼むから真面目にやってくれと言いたくなるような文が並んじゃってますよ。
かと思えば、運転免許証には「先住民(ペンギン等)に対する交通違反はその罪を2倍とする」なんて書いてますよ。おまけに「南極以外無効」ですって。
誰が考え付くんでしょうね、こういうの。
このセンス、僕は好きです。
特殊ケースの中では、南極の氷が、日本の氷と比較展示されています。南極の氷にはチリやゴミなどの不純物がないので、この氷を詳しく調べる事で、何万年も前の地球の姿がわかるんだとか。
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この日は、珍しいお客さんが来航してました。
海上自衛隊の練習艦です。護衛艦「うみぎり」に引率され、「かしま」「しまゆき」「あさぎり」の3隻が入港。
「しまゆき」と「あさぎり」が午後から一般公開されるとあって、せっかくだから寄ってみました――といっても、甲板上をぐるりと回るだけなんですが。
自衛隊の艦が名古屋港に立ち寄る事なんて、そうそうないんでしょうね。わざわざTVクルーが取材に来てました。
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速射砲やアスロック(対潜ミサイル)ランチャーなんて初めて間近で見ました。
煙突脇にはハープーン(対艦ミサイル)ランチャーが、後部甲板にはシースパロー(短射程対空ミサイル、通称・短SAM)の発射機が装備されていました。
練習艦といっても、装備は実配備の護衛艦と一緒――て、当たり前ですよね。でなきゃ教育訓練にならないですもん。日本の海を守る若き自衛官を育てる練習艦隊、任務御苦労様です。
ハープーンや短SAMの発射口にテプラで「装填中」「火気厳禁」と貼られていたのが不気味でしたね。火気厳禁って……そりゃそうでしょうよ。
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いやいや、ちょっと遊び過ぎました。時計は2時を回っています。昼飯を食うタイミングを失してしまいました。
いけません、いけません。食べないと死んじゃいますから。
市内へ引き返し、遅い昼食を取る事にします。

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