汽笛一声、西条を……

も~い~くつ寝~る~と~ 寝~正~月~♪
て、どんだけ寝る気してんのよ!?(笑)
大晦日から仕事仕事の毎日で、年越し蕎麦が「どん兵衛」じゃあまりに寂しいだろうってんで、調理道具一式抱えて出勤して、仕事そっちのけで年越し蕎麦こさえて食ったり、正月早々コンビニ弁当じゃあまりに味気ないだろうってんで、カマボコ紅白に切り分けたり、雑煮こさえて食ったりしながら、まじ~めに職務に勤しんできた訳ですよ。
(どこがじゃ!)
そんなこんなもありまして、皆さま方から遅れる事5日、ようやっと正月休みに入りました――て云っても、この土日だけで終わりなんスけどね。
お休み初日。
ずっと夜勤続きだったせいもあってか、イマイチ生活のペースがつかめないまま過ごし、寝ては起き、起きては寝ての繰り返しで、気が付いたら夕方4時。パジャマから着替えもせず、布団の中。
うわぁ~……オラの貴重な休日がぁ~……
このままではいけない。このままでは本当に寝正月になってしまう。つーか、そのうち床ずれ出来るわ。
意を決して出かけることにしました。
出かけた先は愛媛県西条市。訪れた先は『鉄道歴史パーク in SAIJO』です。
オープン以来、気にはなってたんですけど、「すぐ近くなんだし、まぁ焦らんくてもいつでも行けるわ」と延ばし延ばしにしてきたんですよね。

『鉄道歴史パーク in SAIJO』は、伊予西条駅から歩いてすぐ――つーか、駅の隣です。
新幹線の生みの親・十河信二氏を顕彰する『十河信二記念館』、四国の鉄道史について実車も交えて紹介する『四国鉄道文化館』、地元・西条市の観光と産業情報の発信拠点『観光交流センター』の3つの施設をひっくるめて『鉄道歴史パーク in SAIJO』と称します。
画像『十河信二記念館』では、貴重な遺品の数々を展示し、十河氏の功績と人物像を紹介しています。
十河氏は、第4代国鉄総裁の在任中、〝夢の超特急〟東海道新幹線計画を推進した事で、世間では技師長の島秀雄氏とともに〝新幹線の生みの親〟と呼ばれています。その一方で、昭和20年の終戦間際から21年までの1年間、生れ故郷でもある西条市の市長を務めていた事はあまり知られていません。
展示物は、そういった知られざる一面も含め、〝人間・十河信二〟に迫ります――まぁ、『鉄道歴史パーク』と謳っている以上、国鉄総裁としての顔を前面に押し出してはいますが。
まだ出来立ての、木の香りが漂う館内。
氏の胸像がドデンと構える1階には、情報カウンターと売店が併設されていて、『鉄道歴史パーク in SAIJO』のインフォメーション・センターとしての役割を果たしています。
展示室は2階です。
画像展示室の一角には、十河氏の書斎を再現した床の間が設えてあります。俳句を趣味としていた氏愛用の筆や硯、遺言(といっても晩年に書かれたものじゃなく、国鉄総裁在任中の昭和36年、海外視察の折に書いた物。当時はそこまで覚悟しての渡航だったんですね)や座右の銘「一花開天下春(いっかひらきててんかはるなり。「一を聞いて十を知る」と同意)」が書かれた掛け軸などが展示されています。
遺品を展示したショーケースには、氏が受けた勲章や、愛用の時計、妻・キクに宛てて海外から出した絵葉書などが展示されています。
映像コーナーの隣には、氏の名言を紹介したアクリルパネルが展示されています。
氏は、西条市長を引き受ける条件として「報酬をくれるようなら辞める」「中央に用ができて帰れと言われれば、すぐに辞める」「文句のある人が一人でもいたら辞める」という三箇条を出したそうです。
スゴいですねぇ、「報酬をくれるんなら辞める」だなんて。「郷土の為に働くのに金なんか貰えるか!」なんて、今時こんな思いで働いてる政治家がいますかね。もっとも、現在は法で規制されてるので(無報酬・国庫返納は、国に寄附する事になり、公職選挙法に違反するんですと)、思いはあっても事実上無理なんだそうですけど。
そのくせ「国から必要とされれば、すぐに辞める」だなんて、「地方行政をナメてんのか!?」とも取られかねない条件ですが、国家・国民に奉仕する事が氏の信条でしたから、国から求められれば国の為に働きたいという考えだったんでしょうね。
もっとも、軍の官憲隊に追われる立場だった当時の十河氏からすれば、絶対にあり得ないからこそ出した条件だったのでしょう。
キク夫人の葬儀の時、遺影に向かって「さようなら」と叫んだ後、絶句してしまったというエピソードを見て、そこに〝人間・十河信二〟と言葉に言い表せられない夫婦愛を垣間見た思いがしました。
まだ東海道新幹線の建設工事も始まっていなかった頃、東京に住む氏の家へ芦屋から遊びに来ていた孫に対して「今におじいちゃんが、大阪まで2時間ぐらいで行ける電車を作ってやるからな」と語っていたそうですが……十河さん、残念ですが、まだ2時間を切る電車は出現していません。
つーか、リニアモーターカーって、実験線の域を出られるんですか?

画像さて、この『鉄道歴史パーク』のメイン・パビリオンとなっているのが『四国鉄道文化館』です。中でも、0系新幹線の先頭車両と、数あるディーゼル機関車の中でも名車中の名車と謳われるDF50形の1号車が展示の目玉です。
入場券は『十河信二記念館』で300円で購入。『鉄道歴史パーク』の中で有料なのはここだけです。キップを模した入場券には、「十河信二記念館から四国鉄道文化館行き」とあります。その間、歩いて数十メートル(笑) まぁ、こんなのは雰囲気。遊び心ですからねぇ。
入口でスリッパに履き替えます。というのも、館内は動態保存になっているDF50形の導入レールを除き、すべて板張りなのです。床はワックスでピッカピカに磨き上げられています。よって土足厳禁。
入場券に鋏を入れてもらって中に入ります。スタンプじゃなくて〝鋏〟ってトコがレトロっぽくオシャレでいいでしょ? 何事も雰囲気、雰囲気。
展示されている新幹線車両は、座席5列目以降がカットされています。つまり、実車よりは尺が短いという事。
日曜日という事で、訪れる人も多く、結構な時間並びました。ようやく案内された運転席は……
うわ! 狭っっっめえぇ―――ッ!!
いやもォ、狭いなんてもんじゃないですよ。運転席と通路の間は90㎝くらいの段差になってるんですが、その通路というのが人一人やっと通れるくらいの狭さ。すぐ背後には、運行指令室との通信用の無線機が壁一面に埋め込まれていて、それがまた圧迫感を増長させるんですね。閉所恐怖症の方、絶対運転士は務まりません。
運転パネルは至ってシンプル。水平式速度計(丸いんじゃなくて横に細長い形)やパイロットランプと幾つかのスイッチがある程度。レバーも回転式じゃなくて前後に動かす方式。気分は鉄人28号を操縦する正太郎くん(笑)
……ジョイスティックじゃないだけヨシとしましょう。家庭用ゲーム機じゃないんだから。
やはり新幹線車両は目を惹きますねぇ。親子連れがひっきりなしに記念写真を撮ってましたよ。そういえば、今日は随分とジャリガキお子しゃまが多いなぁ~と思ってたら、はたと気付きました。
そぉか、今日は6日。冬休み最後の日曜日か。
どうもね、北海道を離れて何年もなるのに、未だに夏休みだの冬休みだのの感覚が北海道モードから抜け出せませんよ。明後日が始業式って事に思い当たるまで、しばらくかかりました。北海道はホラ、20日頃まで休みが続きますから。
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DF50形ディーゼル機関車。
昭和32年デビューから昭和58年に引退するまで、全国の――特に四国の鉄道の無煙化と高速化に貢献しました。いわば四国の鉄道の近代化を文字どおり牽引してきた立役者です。それを考えると、記念すべき1号車がここにあるというのは、当然至極なような気がします。
この車両、一応は動態保存という形を取っているので、JR予讃線の本線から延びた引込線の上に停まっています。建物の引込線に面した壁は、大きな扉になっています。なので、何かのイベントの時にはここから出動、なんて事もあり得る訳です。
……その割にゃあ、フェンスで仕切った上、アスファルトで埋めて駐車場にしてるってのはどぉだ?
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人気こそ新幹線に奪われてますが、DF50形も運転席に上る事ができます。こちらはどうやら玄人好みのようで(笑)、『DF50 1』と書かれたプレートの前では、お父さんが嫌がる子供を抱いて記念写真を撮っていました。
その武骨さに〝男の魅力〟を感じるようになるのは、まだ何年も先の事なんでしょうね。
館内には、この2両の他に、当時の行先表示板(サボ)や記念キップ、予讃線開通当時の時刻表、国鉄時代の制服などが展示されています。また、単線区間で使用された通標(タブレット)閉塞機も1セットで展示してあります。
一角には、地元有志が管理運行しているNゲージ模型のジオラマも設置してあります。係の人にお願いすれば運転させてもらえるようで、こちらも子供たちには人気でした。

画像そして、忘れちゃいけないのが、『四国鉄道文化館』という建物そのものの事。
屋根を支えるのに、鉄骨は一本も使われてないのです。杉の丸太を熱で曲げて作った梁を組み合わせて作ってあるのです。とことんまで〝木のぬくもり〟にこだわった建物です。
また、四国を旅する人たちも車窓から覗けるようにと、線路側は全面ガラス張りになっています。
この心憎いばかりの演出は何なんでしょう?
その割には、車窓からは一瞬チラッと見えるだけなんですけど(笑)
「今、一瞬新幹線見えたよね? アレは何? なんであんなトコに新幹線あんの?」てなもんです。旅行者は、そのまま謎を抱えて旅を続ける訳ですよ。
ともすれば退屈になりがちな旅に、一服のミステリーを提供する。
なんて心憎い気配りなんでしょう(爆)

『観光交流センター』は、広場をはさんだ反対側、長屋風(土蔵風?)の建物です。館内は、地元・西条市とその近郊の観光や物産品について紹介しています。
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『観光交流センター』は、3つのフロアに分かれています。
入ってすぐのフロアは総合カウンター。
館内に入ってまず目を惹くのは、総合カウンター隣にある〝うちぬきの水〟です。
四国の霊峰・石鎚山の雪融け水が地下水となって、地中深くを流れる訳ですが、この一帯は地盤が固い為、強い圧力がかかります。なので、下流域の西条市一帯では、井戸の為の穴を開けるだけで、地下水が自然と噴き上がってくるのです――といっても、噴水のように何mも噴き上がる訳じゃなく、こんこんと湧き出るといった感じです。
地面を打ち抜けば水が自然と湧き上がってくる。それで付いた名前が『うちぬきの水』。
まぁ、云うなれば〝天然の水道管〟でしょうか。
モチロン、ここにあるものもディスプレイなどではなく本物。だから実際に飲む事が出来ます。何の混じりっけのない、冷たく澄んだ水。水って無味無臭のはずなのに、本当においしい水って、ほのかに甘いんですね。大自然に感謝です。
続くフロアは休憩所でもあり、石鎚山と西条市の観光および地元の物産品を紹介するコーナーでもあります。壁掛けのモニターには、西条の観光ビデオが流れてるんですが、ナビゲーターはマナカナ。
「ふ~ん、こんな仕事もしてるんだぁ~……」
つーか、マナカナと西条市って、どんなつながりがあるんだぁ?
画像一番奥のコーナーには、西条祭りで使うだんじりが展示されています。
毎年10月中旬に行われる西条・伊曽乃神社の祭礼『西条祭り』では、〝だんじり〟と呼ばれる屋台80台あまりが西条の街を練り歩きます。
鳴り響く鉦や太鼓。街中に流れる伊勢音頭。有名な『岸和田だんじり』ほどの勇壮さはありませんが、その絢爛豪華さは西条の人々が「日本一」と信じて譲らないほどです。
ここに展示されているのは子供だんじり。だからですかね、四方に施されている彫り物は、桃太郎や一寸法師などお伽話に因んだものばかり。ただ、天井に届かんばかりのその大きさには圧倒されます。子供版でコレですからね、大人用といいますか、実際のだんじりはどれほどの大きさなんでしょう。
余談ですが。
ここ西条は〝だんじり〟ですが、東の新居浜や香川の豊浜は〝ちょうさ(太鼓台)〟なんですよね。特に豊浜のちょうさ祭りの最大の見物は、かき比べと称した喧嘩みこし。毎年、何人もケガ人を出し、時には死人も出るという。それでも町の人々は「やめられない。秋になり祭囃子を聞くとウズウズする」と云います。
華やかな〝だんじり〟と勇壮な〝ちょうさ〟。同じ東予地方なのに、まったく性格の違う2つが混在する理由、その2つを隔てるものは何なんですかね。

さて、この『鉄道歴史パーク』がある西条駅ですが、駅構内にも四国の鉄道史を物語る貴重な遺産が残されています。
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まだ蒸気機関車全盛の頃、ボイラーに水を補給していたレンガ製の給水タンク。
照明となるアセチレンガスを生み出す為の原料・カーバイドを保管しておく為のレンガ倉庫。
このカーバイドと水を化学反応させてアセチレンガスを発生させる訳ですが、不用意にガスが発生しないよう、ご丁寧に「注水厳禁」の看板があります。
今はもう使われる事もなく、ただただ時代の風雪に耐えるのみであります。
どこか物悲しい感じがいたしますねぇ~。


画像またまた余談ではございますが(余談ばかりになってしまいますが)、西条の街を歩いてて、やたら目に付いたのが、こちらの幟。
パチンコ屋の開店案内かっ!てくらい、街の至る所に立ち並んでました。
はて、近々秋川雅史のリサイタルでもあるのか? それとも熱狂的な〝秋さま〟ファンでもいるのか?と思いきや、秋川さんって西条の出身だったんですねぇ~。事実、中学・高校までは、実家のある西条で暮らしてたんだとか。
へ~え、全然知らんかった。
そぉいや、駅の懸垂幕にも「紅白出場おめでとう! 頑張れ郷土の宝!」なんて書いてましたっけ。まるで国体やオリンピックにでも出場するみたいな、熱烈な応援ぶり――はいいんだけど、この〝「千の風になって」のまちづくり実行委員会〟てのはどぉだ?(笑)
それから、秋川さんの意外な一面。
実は大の祭り好きで、西条祭りの頃には、毎年スケジュールをやりくりして(何なら無理やりこじ開けてでも)だんじりを担ぎに帰ってくるんだそうな。イタリア留学中も、だんじりを担ぐ為だけに、わざわざ帰国してたとか。
イメージからは想像もつかんなぁ~。
〝テノールの貴公子〟は〝だんじりの貴公子〟でもあった、と。


かつては紀州徳川家の流れを汲む、西条藩3万石の城下町・西条。今は千の風になる街になっていました。

この記事へのコメント

なっちゃん
2015年09月18日 18:11
西条展示だんじりについてですがあれは子どもだんじりではありません。
立派な3階の大人が担ぐだんじりです。昔は子供の国とよばれるところで
観光のために展示されました。そのためだけにだんじりが作られたので
子どもが好きな御伽噺が彫られました
讃岐屋
2015年09月19日 20:05
おや、そうでしたか。
説明看板に〝子どもだんじり〟と書いてあったと記憶してるのですが……
まぁ、地元の方(ですよね?)がおっしゃるんですから、間違いないんでしょう。

つーか、考えてみたら、こんな大きなモノを子供だけで担がせるのは酷ですよね。
どうして大人が担ぐモノと思い至らなかったのか……

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