たぶん試験に出ない石川県・富山県

画像富山といえば、昔から有名なのが〝富山の薬売り〟です。
市内には、古来から伝わる丸薬を今も作り続けている薬屋が何軒かあって、そのどれもが店内の一角や別棟に資料館を設えて、越中売薬の歴史や販売の仕組みなどを紹介してます。でも、どうしても自社製品を中心に紹介されてしまいますから、客観的に紹介されてる場所をという訳で、富山市民族民芸村の中にある『売薬資料館』に向かう事にします。
……まぁ、他が水曜定休だったり予約が必要だったりってのも関係してんですけどね。

越中売薬の歴史は古く、富山藩2代藩主・前田正甫(まさとし)の時代と云いますから、江戸・延宝年間(1674年頃)にまで遡ります。
ある時、腹痛で苦しんでいた正甫公の下へ『延寿返魂丹』という妙薬が届けられます。これを服したところ、立ちどころに腹痛が治まったそうです。この効用に目を瞠った正甫公、藩内の薬種屋・松井屋源右衛門に命じて作らせ、『越中反魂丹』と名付けて諸国へ売り広めたとの事です。
時は元禄。正甫公が参勤交代で江戸城登城の折、同じく登城していた奥州三春藩主が急な腹痛で難儀していたところへ、この『越中反魂丹』を勧めると瞬く間に回復。驚いたのは諸国大名。あまりの薬効の早さに「我も、我も」と自国領内での販売申し入れが相次ぎ、それが越中売薬の名を世に知らしめる元となりました。いやはやブームというのは怖ろしいものです。
各家庭に薬を預けておいて、次に訪ねた時に使った分だけ代金を貰う〝先用後利〟の商法は、当時の庶民に大ウケで、やがてその販路は全国に広まりました。この商売方法が今日の〝富山の置き薬〟へと繋がって行くのです。
(余談ながら。
『越中反魂丹』の元となった『延寿返魂丹』は、岡山の医師・萬代家に代々伝わってきた秘伝の薬。岡山藩内でも販売されていましたが、やがて販売が立ち行かなくなり、そのまま消滅――というか『越中反魂丹』に取って代わられたそうな)

JR富山駅南口から呉羽山老人センター行きのバスに乗り、民族民芸村へと向かいます。飛騨山系に源を発し、富山市街を大きく流れる神通川を渡り、10分程行くと民族民芸村の入口に着きます。
この民族民芸村には、富山市一帯の民俗資料を展示した『民族資料館』や、世界遺産としても有名な合掌造りについて紹介する『民芸合掌館』、郷土の水墨画家である篁牛人の画業と作品を後世に伝える『篁牛人記念美術館』など、文字どおり富山一帯の民族民芸を紹介する資料館が数多く点在します。
『売薬資料館』は、民族民芸村の一番入口近くに建つ白壁土蔵風の建物です。さすが公営資料館だけあって、入館料は110円と格安。
館内には、〝富山の薬〟の製造過程やその販売方法などについて、数々の資料を使って紹介されています。特に、あの背中に背負った柳行李の秘密がわかって面白かったですね。
柳行李は五段に分かれ、一段目には顧客帳簿など事務経理関係、二段目にはお客さんへの進物品(いわゆるオマケ)が収められています。三段目に使われた薬が回収され、四・五段目から補充の薬が配られる――という仕組みになっています。ナルホド、合理的に出来てるんですネェ。
売薬の行商は年二回。出稼ぎから帰ってくる春と、収穫時期の秋と。ともにお客さんの家に現金がある時期を見計らって訪ねていたようです。この辺も実に合理的ですね。
売薬人は、ただの行商人とは違いました。全国各地を行商してくるうちに、方々で見聞きしてきた事を話のタネに、時には顧客の話し相手になったり、時には婚礼の仲人を務めるなど、まさに家族ぐるみの付き合いをしてきたんですね。
この辺が、今のルートセールスなんかとの大きな差ですね。何事もビジネスライクだけでは行かないんだと。娯楽の少ない農村では、売薬さんが訪ねてきて、方々の面白い話を聞くのが唯一の娯楽だったんじゃないかと思うんですよね。
で、もしかすると逆のパターンも成立したんじゃないかと僕は考える訳です。誰憚る事なく諸国の内々まで入り込んで、あらゆる物を見聞してくる。それを富山の殿様に事細かに話す。売薬人は、いわゆる諜報活動の任も負っていたんじゃないかと思う訳ですよ。現に彦根藩も近江商人を使って情報収集してたって話ですから。
画像さて、〝富山の薬売り〟といえば、忘れちゃならないのがお土産にくれるオマケの数々。紙風船だったり、折り紙飛行機だったり、往々にして子供ウケするものが多いです。かつては、歌舞伎役者や人気の演目を描いた錦絵や暦などが配られていたそうです。「毎度ご贔屓にありがとうございます。今後もよろしくお願いします」といった意味合いで。それがいつしか子供相手の品へと変貌して行ったのは、長年の営業ノウハウなんでしょうかね。曰く、子供が喜べば親も喜ぶ。親が喜べば商売もスムーズに行く、てな感じでしょうか。
今でも配置薬販売の営業さんは、鞄のどこかに、こういった懐かしいオモチャを忍ばせてるそうですよ。
ただ……まぁ……最近のお子様は、こんなモノ喜びませんですけどねぇ。見ても「ふぅ~ん」てなもんで、テレビの画面に向かいピコピコやっておられます。
風情がないネェ。
この売薬資料館でも、案内パンフレットと一緒に資料館のネーム入り紙風船をいただけます。たまには童心に帰って、こんな素朴な玩具で遊んでみようかしら。
薬といえば、そのネーミング。
最近の薬って(いや、昔からですけど)「ン」で終わる名前が多いですよね。何となく効きそうだけど。して、やたら覚えにくい。
その点、富山の薬はネーミングがシンプルです。『スグナオール』とか『ヨクキク』とか。「オメェ、真面目に名付けるつもりねぇだろ!」とさえ思えてしまうほど(笑)
丸薬といえば『反魂丹』や『仁丹』のように「丹」が付く物や、『六神丸』のように「丸」が付く名前が多いですねぇ。
あの~……一応云っておきますけど、『大鶴義丹』や『桂歌丸』は富山の薬じゃありませんからね(笑) そもそも薬の名前ですらない(爆)
……何をくだらない事言ってんでしょ。

民族民芸村を後にして、富山駅へと戻ります。
(交通の便が非常に悪い。一路線しかないバスも、30分おきにしかありませんから)
富山といえば、最近必ずといっていいほど話題に上がるのが、富山ライトレールです。
画像
正式には『ポートラム』と云うそうですが、かつてJR富山港線として使われていた線路を利用して、2006年に開業した路面電車です。JR富山駅北口から富山港近くの岩瀬浜地区を25分ほどで結びます。
何が注目を浴びているかというと、環境面・高齢福祉面などから全国的に公共交通機関が見直されている中で新規開業した路線だからです。しかも、新たに敷設工事などを行なわず、廃線になったJR路線を再利用している面も注目され、全国市町村からの視察が後を絶たないそうです。
そんな『ポートラム』、乗ってみました。
車両は2両編成。低床式で、電停のプラットホームからノンステップで乗れるのは素晴しいです。車椅子生活者にも実に安心親切。
他地方の路面電車と決定的に違うのは、振動も少なく実に静か。ガタンゴトンなんて雰囲気はまったくありません。静か~に動き出して、静か~に走行し、静か~に停まるといった感じ。ちょっとウトウトしてしまったら、終点着くまで気付かないんじゃないかってほど静かです。
コレ、気に入りました。一律200円という運賃も気に入りました。
折も折、クリスマスに向かおうとしてる時期ですから、車内にはクリスマスリースが飾られ、車両によっては完全クリスマス・デコレーションされてるものもありました。
コレに乗って、北前船で栄えた岩瀬の町を散策します。


それにしても。
旅の目的地は金沢なのに、何でこんなに富山をリスペクトしてんでしょうか(笑)

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