同行二人 うどん行脚~東かがわ市引田【かめびし屋】

画像国道11号線をひたすら東へ。
徳島との県境も目と鼻の先の東かがわ市引田町に入ると、マルナカスーパーを目印に交差点を左折。小海川沿いの細い道を行き、誉田八幡宮の鳥居脇を右折してすぐの赤い橋を渡ると、そこに目指す『かめびし屋』があります。
鮮烈なまでに目に飛び込んでくる紅いベンガラ壁は、宝暦3(1753)年創業の醤油屋『かめびし』の蔵。何を隠そう、『かめびし屋』は、その『かめびし』直営のうどん屋なのです。
……昨日は米屋で、今日は醤油屋ってかい!

『かめびし屋』は、土日休日しか営業していない非常に珍しい店。営業時間は昼11時から夕方3時まで。だから、ある意味「幻のうどん屋」です。
普通は逆なんですけどね。
まぁ、仕方がないっちゃあ仕方がないです。平日は醤油製造が主ですから。
我々が到着したのは、営業時間に若干早い11時前。
店が開くまでの時間潰しに訪れたのが『讃州井筒屋敷』です。
画像ここは、かつて『井筒屋』という名前で醤油と酒の醸造業を営んでいた豪商・佐野家の屋敷を、往時の面影そのままに公開している施設なのです。
江戸の昔から、瀬戸内海を航行する船にとって〝風待ちの港〟とされてきた引田町は、醤油醸造で栄えてきた街でもありました。多くの醤油問屋が軒を並べ、最盛期は城下町・高松をも凌ぐ賑わいを見せていました。昭和に入り、合理化と量産化による大企業の隆盛の陰で、昔からの製法を守ってきた引田の醤油屋は次々と廃業。今では『かめびし屋』一軒を残すだけとなりました。
『井筒屋』も大企業に駆逐された一軒で、人の住まなくなった屋敷も荒れるままにされてきました。
近年、街の活性化の一環で、当時の名残を残す歴史的街並が『風の港』と名付けられて整備され、佐野邸も、その中核施設『讃州井筒屋敷』として生まれ変わったのです。
画像大きな屋敷と広い庭。幾つも並ぶ白壁の蔵。
屋敷内ではちょうど、高松の人形作家・嶋田加代子さんと、嶋田さんが主宰する人形教室「SUZRO会」の作品展が催されていました。屋敷の至る所に展示されている、和のテイスト溢れる旧家の雰囲気にぴったりの人形たち。決して自らを主張する訳じゃなく、その場の風景に上手に溶け込んで、優しい空間を作り上げていました。
中でも、母屋の中二階に設えられた「繭玉の部屋」には、繭玉を模した大小さまざまなオブジェが置かれ、その繭玉の中を覗くと、可愛らしい赤ちゃんの人形が。
泣いている子。無邪気に寝ている子。キョトンとこちらを見つめ返す子。一つ一つの繭玉の中に、それぞれ違う表情の子がいます。
女性ならずとも、思わず口元が緩んでしまいます。〝癒される〟ってこういうのを言うんでしょうかねぇ~……
(嶋田さんの作品をコチラで紹介してます。よろしかったら癒されて下さい)
くるりと一回りした後、奥まった茶室で、小春日和の暖かい陽射しの中、梅昆布茶をいただきながら、秋色に染まる庭を眺めながら、
「いいですなぁ~……」
隠居したジジイか、アンタらは(笑)

画像『かめびし』は、日本で唯一の〝むしろ麹製法〟による長期熟成醤油を守り続けて200と数十年。17代目主人が「醤油の良さをもっともっと知って欲しい」と始めたのが、このうどん屋『かめびし屋』なのです。
表通りから一歩中へ入ると、ふわっと漂う醤油の匂い。スノコが敷かれた歩道の両脇には、醤油を絞る機械や絞り袋が陳列され、醤油が出来るまでの行程を説明する案内板があります。その向こうに、醤油蔵を改造した店があります。
目玉はもちろんこの「もろみうどん」。醤油屋ならではのメニューで、400円ナリ。
すりゴマの向こうに、海苔佃煮かと見紛う程の濃い色をしたもろみは三年熟成もの。
このもろみをダシに溶きながら食べる訳ですが、舌にピリリと来るような塩辛さではなく、優しい塩加減。そのしょっぱさが抜けた後、すぅっとやってくるほんのちょっとの酸味。太目の麺が、また丁度いいのです。これで細麺だったら、ダシが絡み過ぎて、しょっぱくてダメでしょうな。
至福。
いやぁ~、多少遠いけど連れて来てよかったなぁ~……などと勝手に自己満足してますが、「り」様はどう思われたんでしょうか。

余韻に浸る暇もそこそこに、高松へと引き返します。

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