夕陽を追いかけて~旅行者どもが夢の跡

「ツアーものどもが ゆめのあと」と読みます。……苦しいか?(笑)

松江と出雲市・出雲大社を結ぶ一畑電車で、出雲大社へ向かいます。時間にして約1時間。
松江・出雲地方は、宍道湖南岸をJRが、北岸を私鉄の一畑電車が走っています。出雲大社へは、松江か出雲市から、この一畑電車に乗り、途中の川跡駅で乗り換える事になります。
(土日祝日には、一本だけ松江-出雲大社・直通電車が走ります)
かつてはJRにも出雲市-出雲大社間を結ぶ路線(大社線)がありましたが、平成2(1990)年のダイヤ改正で廃線となりました。
その駅舎が当時のまま残されているというので、大社本殿へ行く前に訪れてみたいと思います。

画像一畑電車の出雲大社前駅は、神社の門前町には似つかわしくない、ちょっと教会っぽく見えなくもない洋風駅舎。ここから、出雲大社本殿とは逆方向に歩いて行きます。
日本一大きい鳥居をくぐり、ややしばらく行くと、門前町の一番外れに、いかにも門前町! いかにも日本建築! という旧大社駅舎が建っています。
出雲大社の本殿を模したといわれる駅舎は、大正13(1924)年に建てられた二代目。全国でも珍しい神社様式を取り入れた純和風木造建築で、大社線廃止後も町民に愛され、当時のままに保存・活用されています。平成16(2004)年には国の重要文化財に指定されました。
こういった和風駅舎は、かつて長野駅などに見られましたが、長野は新幹線開通に合わせて近代的駅舎に建て替えられちゃいましたからね。いくら合理化・近代化の為とはいえ、趣のある駅舎がどんどん消えて行くのは何だか寂しい気がしますね。
失礼を承知で。
いかな門前町とはいえ、こんな田舎の地にこれだけ立派な駅舎が建てられたのは何故でしょう?
それは、出雲大社が皇室と深い結び付きを持つ〝特殊性〟と、「参詣する皇族方を迎えるのに恥ずかしくない物を」という、当時の地方官僚や地元の方々の意欲の現れだったと伝えられています。その証拠に、駅長室には貴賓室が併設されています。駅に貴賓室が備わっているのは、東京駅や門司港駅など数えるほどしかありません。
出雲詣での表玄関として長い歴史を刻んできた駅舎は、今も当時の佇まいのまま、堂々とそこに存在します。
……表玄関にしちゃ遠過ぎね? 本殿までかなり歩く事になるぜ?
見る者に言葉を失わせるだけの圧巻で荘厳な建物。「今晩の宿はここです」とか「ここでお参りして行きましょう」とか言うと、うっかり信じ込んでしまうヤツが出てきそうでヤダ(笑)

画像やたらだだっ広いロビーは天井が高く、シャンデリアも純和風。館内の照明も灯篭風です。最盛期は、このロビーも参拝客でごった返していたんでしょうか。
奥にある切符売場の上には、廃線当時の運賃表が掲げられていたり、改札口には当時の時刻表がそのまま残されてたりします。
出発口と到着口は、旧切符売場をはさんで左右に分かれています。到着口側のゲートは当時のまま残されていましたが、通れないように戸板で塞がれていました。





画像中国唐代の伽藍建築のような、趣のある旧切符売場。
切符販売が事務室に移ってからは、観光案内所として利用されていたようです。
切符売場の中には当時の切符販売機が置いてあったり、駅事務室には歴代の制服が展示されていたり、待合室には全盛期を走っていた列車のヘッドマークや記念切符、車掌の腕章などが展示されていたりします。
さながらミニ鉄道博物館ですね。






画像対岸のホームへ渡るには、一旦線路に下りる事になります。
その上り口に設置されたプレートには、「因幡の白うさぎ」の図柄が。
何でしょう。
〝出雲大社=大国主命=因幡の白うさぎ〟という連想なんですかね?
駅舎の屋根には亀がいるそうです。
……〝うさぎと亀〟?






画像ホームの一角には、D51機関車が静態展示されています。
この「D51 774」号は米子機関区に保存されていたもので、実際に貨客車を牽引して、この大社駅に度々入線していたそうです。
〝展示〟というには、あまりに野晒し。あちこち塗料が剥げ、錆も浮いてきています。
……もっとちゃんと整備しようや。







画像ピーク時には一日4,000人もの参拝客を迎えたといわれる大社駅。この団体客専用改札口も、全国各地から数多くの参拝客が行き来していたんでしょうね。
今は、そんな面影もなく、ひっそりとしています。











目まぐるしく変化する現代。ここだけが時が止まったよう。
こうして静寂に包まれる駅舎を眺めつつ、ほんの一昔前に思いを馳せると、今でも汽笛の音や雑踏の賑やかしさが蘇ってくるようです。
……十数年前は、その賑やかしさも本物だったんですよねぇ……
栄枯盛衰。諸行無常。

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