北近畿のらり旅―餘部―

画像鉄橋~を渡ると 君の家が見える~♪
(今時のコは石橋正次なんか知らんて!)
山陰本線の鎧-餘部駅間に、高さ41m、長さ309mという規模を誇る、日本一の鉄橋・余部鉄橋が架かっています。
明治45(1912)年3月に完成した余部鉄橋ですが、安全性と定時運行性を確保する為、平成22(2010)年までにコンクリート橋へと架け替わり、その歴史を閉じる事になっています。
という訳で、「なくなる前に、この目で見に行かねば」という思いがフツフツと沸き上がり――行っちゃいました(笑)

モチロン、今日明日にも消えてなくなる訳じゃないんですが、この春から、今ある鉄橋のすぐ南側で架橋工事が始まる事になっており、そうなると、規制が入ってしまったり、せっかく撮った写真に工事車両が写り込んでしまったりと、純粋に鉄橋そのものを楽しめるのは、今がギリギリのタイムリミットなんだそうです。
そう聞くと、ますます「今行かなきゃ!」となるもんじゃないですか。


真夜中にゴソゴソと、もはや関西圏へのアプローチとして自分の中で定着しつつあるジャンボフェリーに乗り、一路神戸へ。
神戸・三宮から京都行き始発電車で尼崎、尼崎から福知山線に乗り換えて福知山を目指します。福知山からは山陰本線に乗り換えて、昼11時には餘部駅に降り立とうというスケジュールです。
宝塚から三田に差し掛かる頃には、ようやく空が白々と明けてくるんですが、どうも今日は天気が芳しくないようです。並び立つマンションの間から朝日が差し込んでくるんですが、すぐに雲に隠れてしまいました。
新三田を過ぎる頃からはウトウトと。朝が早すぎましたかね。
篠山口を過ぎ、どんどん山の中へ入って行くにつれ、とうとう雨が降り出しました。福知山に着く頃には、雨が雪に。「おいおい。3月に雪って、北国じゃないんだから」とウンザリしましたが、すぐに雨に変わっちゃいましたね。
福知山からの便は豊岡止まり。乗り継ぎの浜坂行きが出発するまで30分近くあるんで、一旦駅の待合室に――と思っていたら、すぐ向かいのホームに既に入線していました。
くりはら田園鉄道の車両を思わせるような、赤い2両編成。
これで目的の餘部駅まで、ちょうど1時間。車窓に日本海の荒波が見え隠れする頃には、雨も上がりました。
青空は拝めそうにないですが、日本海には青空より曇り空の方が似合うような気がするのは何故でしょう?
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トンネルを抜け、深い谷――というか余部集落の天空を駆け抜けるように架かる大鉄橋を渡り切ると、そこが餘部駅。
……へ? あ、無人駅なのね。しかも駅舎もない。あるのは小さな待合室だけ。
本当に、余部鉄橋の延長上に駅のホームがある感じ。
ちょっと拍子抜け。話題の余部鉄橋を擁している割には、随分とらしくない駅だなぁ、と。まぁ、話題なのは鉄橋の方な訳で、別に駅舎がどうであろうと構わないっちゃあ構わないんですけどね。
下の集落へは、ここから急な坂道を降りて行きます。標高差300m。
下りついた先には小さな小屋があって、そこで記念スタンプやら絵葉書やらを販売してます。と言っても無人商店でして、何種類もある1枚100円の絵葉書を自由に選んでは、その代金を備え付けの貯金箱に入れるシステム。田舎の道端によくある野菜直売所みたいなもんです。

余部鉄橋は、鋼材をトラス(やぐら)状に組み上げた、トレッセル式と呼ばれる構造の橋脚が特徴です。
え~……と、見てわかりますかね? 櫓のように組んだ橋桁が並んでいるのが。
この橋脚が全部で11基立ち並び、その上に鉄橋本体が組まれています。
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橋脚のすぐそばにまで民家が立ち並んでいるのは驚きです。
こんなに近くにあるんですから、もし突風に煽られでもして、あれだけの高さから列車が落下しようものなら、それはそれは大惨事になるであろう事は、想像に難くありません。
まして、鉄橋が架けられている地形は、三方を山に囲まれ、わずか70mほどしか離れていない日本海からの強風が直撃する形になっています。
画像現に昭和61(1986)年12月、風速30m/s以上ともいわれる突風に煽られた回送列車が橋から転落。鉄橋の真下にあった民家と水産加工場を直撃し、工場の従業員と車掌の合わせて6名が死亡、6名が重傷を負うといった、架橋以来初の大事故が発生しています。
事故原因は、風速25m/sを越えた段階で出される列車運行停止信号を無視した事による人為的ミスと云われていますが、他にも橋そのものの構造的欠陥や経年による歪みなども内在した、複合的事故ではないかという話です。
現在、事故現場には、慰霊碑として観音菩薩像が祀られ、犠牲者の冥福を祈るとともに、二度とこのような大惨事が起こらないよう願われています。
事故以来、安全運行基準も風速20m/s以上に改められましたが、その為に、度々列車ダイヤが乱れるといった弊害も頻発するようになり、今回のコンクリート橋への架け替えの機運が高まったと言われています。
多くの鉄道ファンや観光客からは、鉄橋存続もしくは一部保存の声も少なくないようですが、地元からは必ずしも歓迎されていない――願わくば早急に撤去してもらいたい、という声が大半のようです。観光施設としての要素よりも、転落事故の忌まわしい記憶と昨今のブームにより生活が荒される事から解放される方が、かなりなウエイトを占めているようです。


画像さて、せっかくの鉄道橋。
どうせなら鉄橋を渡る列車も入れ込んで、写真に収めたいじゃないか――そう思う方は、ここを訪れる方のほとんどのようで。
どぉ~です、この有様。
俄鉄道カメラマン、大集合ですよ。
――て、自分もその一人だってのは、この際ナイショですけどね(笑)
時間帯にして12時半から午後2時にかけて。
この時間帯なら、浜坂方面へ向かう列車、豊岡方面へ向かう列車、それぞれ2本ずつ。それに、浜坂方面へ向かう特急はまかぜ1号が通過するとあって、絶好のシャッターチャンスに恵まれる訳です。
(まぁ実質的には、はまかぜ1号を見送った後、13時31発の豊岡行きで餘部を後にする人が大半なので、勝負は約1時間弱といったトコですけど)

で、頑張って撮ったのがコレ。
つまんない写真だし、似たアングルでスミマセン。あまり動き回れなかったもんで。
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この記事へのコメント

2007年03月15日 07:41
2004年秋、マイル修行のついでに行って(なので、当然飛行機)、下の公園から橋を見上げて(上まで上る根性なし)、そのまま帰ってきました。
讃岐屋
2007年03月15日 12:07
アラ、もったいない事を。意外と上れちゃうもんですよ(て、でなきゃ駅の意味ないもの)
バスガイドのお姉さんが、パンプスで上ってんのを見た時は、さすがに「大丈夫か?」と思っちゃったけど(笑)

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