宿場町・草津

画像東海道と中山道の分岐点である草津の街は、古くから交通の要衝として栄えた、西国一の宿場町でした。
江戸天保年間には、諸大名の休息・宿泊の場である本陣が2軒、随行者が泊まった脇本陣が2軒、旅籠屋72軒を数え、大いに賑わっていました。
ただでさえ多くの旅人で賑わう宿場なのに、江戸と京都・大坂を結ぶ主要街道が2本も通ってるんですから、その賑わいも2倍。西国一の宿場に発展したのも頷けます。

草津駅東口を出て、江戸時代風の門が構える駅前広場の階段を下りたすぐに(1階はタクシー乗場になってます)、草津宿本陣への道標があります。それを鵜呑みにすると、かえってウネウネと遠回りさせられますので御注意を。ここは道標を無視して、もう一本先の道を行きましょう。
アーケード街を抜け、旧草津川を越えるトンネルを抜けると(川が道路の上を流れる、天井川というヤツですね)、灯取りの火袋が付いた大きな追分道標が建っています。
ここまでが中山道。
この先真っ直ぐ続く道が、京・大坂へ至る東海道。
道標を右へ折れて川沿いに行く道が、同じ東海道の、こちらは伊勢を通って江戸へ向かう道です。
僕、まさに東海道と中山道の分岐点に立っています。
(追分は、明治期には、旧草津川の手前・覚善寺の門前を通る道に切り替えられたそうです)

画像草津宿に2つあった本陣は、やがてこの田中七左衛門本陣だけが残り、昭和24年に「史跡・草津宿本陣」として指定され、江戸当時の面影を今に伝えています。
建坪468坪、部屋数30余室、268畳半という広大な屋敷には、多くの大名や幕府役人が休憩・宿泊し、中にはここを常宿とした大名もいたそうです。
かつて皇女和宮も、徳川14代将軍・家茂の下に降嫁する道中に昼食を取ったり、将軍職に就く前の徳川慶喜(当時、一橋中納言)や新撰組が泊まった事があるそうです。大名格しか泊まれなかった本陣に新撰組が泊まれたという事実から、その格式も幕末にはかなり崩れてきていた事がわかります。
余談として、忠臣蔵でおなじみの浅野内匠頭が泊まった数日後に、敵役の吉良上野介が泊まってたってのが面白かったですね。その2年後に「松の廊下刃傷事件」があって、翌年の「赤穂浪士吉良邸討ち入り」に繋がるなんてのも。
浅野内匠頭と吉良上野介、どっちが上客として扱われたんでしょうね。
明治7年、本陣として最後の利用客になったのが静閑院宮。家茂の死後に出家した皇女和宮です。家茂の下に嫁ぐ折に利用した和宮が、今度は主の居ない江戸に戻る為に利用した――因果というか何というか、趣深いものがあります。
宿場町には、いろんな人の、いろんな人生が溢れていたんですねぇ――何を偉そうに哲学語ってるんでしょ(笑)
開館時間は朝9時から夕方5時まで。毎週月曜日(祝日は除く)と祝日の翌日(土・日と重なった場合は除く)は休館日。入館料200円。

画像本陣から100mほど行ったアーケード街の中に、「草津宿街道交流館」があります。
五街道のうち2つが通る街、そして宿場町という事で、街道を旅する人たちの姿や旅籠屋での過ごし方を通して、江戸時代の旅の模様を紹介しています。
当時の旅人は、夜明け前に宿を立ち、日の沈む前に宿に入ったといいます。理由は、その宿の一番風呂に入る為。というのも、当時の旅籠屋には風呂が一つしかなく、しかも湯の入れ替えもなかったという事で、少しでも遅く宿に入ると、汚れたお湯――下手すればそのお湯にもありつけない可能性もあるという事で、旅に出るのも必死だったんですね。
食事は朝夕。一汁二菜が基本。白飯に味噌汁、焼魚、野菜の煮付。これに夜は膾(なます)、朝は梅干や漬物など、ちょっとした一品・箸休めが付くのが普通だったようです。昼は、道中の休み処で団子などを食べるのが常だったとか。食い歩きしながら旅するなんて、今の旅行者とさして変わりないですね。
ですが、こんな旅籠に泊まれるのは、かなりの御大尽か一大奮発をした人だけ。たいていの旅行者は素泊まりの木賃宿に泊まり、食事は干飯を戻して湯漬けにしたもので済ませていたようです。
今で例えるなら、駅前旅館の大部屋に泊まり、食事はカップラーメンかコンビニおにぎりで済ませるようなもんでしょうか。まぁ、今はどんな素泊まり宿でも風呂付ですから、ネットカフェのナイトパック利用か?(笑) なんだ、得意じゃん!(爆)
江戸時代の庶民にとって、「旅する」てのは本当に一大道楽だし、一生に一度あるかないかの大イベントだったんですねぇ。そりゃあ近場の温泉行くってだけでも、送別会も開くわさ。
さて。
よく「東海道五十三次」なんていわれますが、実際は大津追分から大坂高麗橋へ至る伏見街道・京街道(伏見側からは大坂街道と呼ばれた)も、幕府道中奉行から正式に認められた東海道の別ルートだったようです。で、この道中にある伏見・淀・枚方・守口の4つの宿場を加え、「東海道五十七次」というのが本当らしいです。
この大坂ルートは、参勤交代の西国大名が都への乗り入れを避ける為、よく利用されたという事です。
そんな話、ここを訪れて初めて知りましたよ。
開館時間・休館日・入館料は草津宿本陣と同じですが、共通券が320円で発売されてますので、両方御覧の方はこちらがお得です。


さぁ、お時間はちょうどお昼時。お昼といえば駅弁。
草津の駅弁といえば信楽焼松茸めしだと、緑茶『一(はじめ)』の駅弁ミニチュアを手にしてから、ずっと「草津に寄ったら手にすべぇ」と思ってました……が、考えてみたら、もう春だというのに今さら松茸でもなかろうと。あの駅弁って季節限定かしら。まぁ、年中ある松茸ってのも、それはそれで有り難味の欠片もないけど。
それはそれとして。
この昼メシ時に助六寿司とサンドイッチしかないってのはどぉだ?
しかも2つ3つしか残ってないってのは。

かぁ~なりガッカリ。
結局、お昼にありついたのは、次の目的地・長浜に着いてからでした。
だって草津には弁当がないんだもん。
せっかく旅先に来てんのに、菓子パンで済ますってのも……ねぇ?

うまいもん食わせろ、バカヤロォ。

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