南極観測船「ふじ」

画像んじゃ、今から南極へ(笑)
地下鉄名港線の終点・名古屋港駅から水族館・海洋博物館(ポートビル)方向へ歩いて行くと、オレンジの船体が特徴の南極観測船「ふじ」が見えてきます。
「ふじ」は、南極観測船としては2代目。昭和40年(1965年)就航以来、3代目の「しらせ」と交代するまでの18年(第7次~第24次)にわたって、観測隊員たちの夢と成果を乗せて、日本と南極・昭和基地との間を幾度も往復しました。
「しらせ」は、昨年12月25日現在、昭和基地沿岸に停泊中です――行ってたんですね~、観測隊。

初代の観測船「宗谷」が氷に行手を阻まれて立ち往生した事件を教訓に、「ふじ」には厚さ80㎝の氷を砕く、砕氷機能を持たせた本格的な観測船として建造されました。また、「宗谷」では着岸して物資運搬を行なっていましたが、この「ふじ」では、ヘリコプターでの運搬を可能にする飛行甲板も装備されました。
南極観測船といえば海上自衛隊の管轄だと思っていましたが、初代の「宗谷」は海上保安庁の管轄だったって知ってましたぁ? 日本の南極観測が始まった当初は、あくまで巡視船の延長運用でしかなかったんですねぇ~。
そんな訳で、「ふじ」の就航は、日本が南極観測に本腰を入れる契機にもなっていたんです。

券売機で入場券(300円。海洋博物館との共通券は700円)を買い、乗船口で検札と一緒に「乗船証明書」を受け取ると、いよいよ船内探検の始まりです。
船室のほとんどは閉鎖されてますが、一部は蝋人形も交えて航海中の模様を再現しています。
机とベッドくらいしかないような狭い船室ですが、それなりに楽しく過ごしていたようです――といっても快適に過ごしていたのは、下士官とお客さんである観測隊員の皆さんだけで、一般の隊員はハンモックだらけの大部屋住まいだったようです。どこの世界でも下っ端はチビシ~ッ!って事でございます(笑)画像画像















長期任務に備えて、船内には床屋も手術室完備の医務室もあります。大病を患ったり、大怪我をしたからって、いちいち緊急寄航なんかしてられないですからね。売店もありますが、課業終了から1時間だけ(夕方5時から6時まで)の営業との事。チビシ~ですなぁ。いよいよもって何の娯楽もないじゃないですか。使命と責務だけじゃやってけないのよ、人間って。
隊員の皆さん方のこうした苦労を礎として、現在に至るまでの南極観測活動があるんだなと思うと、心底頭が下がります。
さて、2階へ上がりますと、数々の資料とともに、南極観測の様子をジオラマで紹介されています。
実際に南極で活躍したスノーモービルや雪上車に混じって、南極の氷も展示。
南極の氷って、近くで見ても真っ白なんですよ。細かな気泡だらけで、その中には、何億万年も昔の空気が封じ込められてるんですって。太古のロマンですねぇ。
そして、オーロラを観測するには、北極より南極の方が適してるそうです。
ミスター……オーロラ見るんならアラスカより南極だったね(笑)
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こうしてみると、南極に魅せられた人々の気持ちが少しわかるような気がします。夢膨らむ、心躍らせる大地なのですね、南極は。
とはいえ、常に氷点下の過酷な世界。吹き荒ぶブリザード。一寸先も見えなくなるホワイトアウト。容易に人を受け容れようとしない世界である事は、紛れもない事実なのです。
南米アルゼンチン辺りじゃ、南極上陸観光ツアーなんてのもあるそうですが、とても気軽に参加する気にはなれませんね――金銭的にはもっとムリですけど。


18年の長きにわたり、過酷な南極観測を支援し続けてきた南極観測船「ふじ」。
今はこの名古屋港の一角で、静かに第二の任務に就いています。
未来の観測隊員に、南極の素晴らしさと過酷さを伝えるという任務に――

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