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zoom RSS 「運命の赤い糸」が目に見えたなら、それはそれで結構邪魔くさい

<<   作成日時 : 2012/01/13 23:06   >>

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昨日は喜びと感動の一日でした。
と申しますのも。
思いもよらない方と出会ってしまったのです。そして、そこから親交を持つ事に。
それを、驚きと感動と感激で受け止めたのは言うまでもありません。
あまりにビックリし過ぎて肝臓が痛い……
(それは酒の飲み過ぎだ!)


思うに。
人と人との出会いというのは、多かれ少なかれ、偶然と偶然とが折り重なって生まれるものだと。
それが自分であれ他の誰かであれ、何気ない言動が心の琴線に触れ、心の奥で引っかかり引っかかり……そしてすっ転ぶ、と(笑)
すっ転んで起き上がろうとした先に誰がいるかで、その人との関わりが出来るのです。
見上げた先に誰もいなければ、その人とはそれまでって事だし、そこにその相手がいれば、その相手とは何かしら関わり合って行く。繋がって行く。
とかく、人と人とは、どこでどう繋がるのかわからないものです。
反面、その繋がりが、どこでどう切れてしまっているのかわからないものです。
昨日は、古くからの友人との縁が途切れ、苦い思いをした一日でもありました。
「人と繋がり続ける事」の難しさを痛感した日でもありました。




ワタクシ、人と人とが「出会う」事は簡単だと思っています。人と人とが「繋がる」事も。
誰かとバッタリ会って、二言三言、言葉を交わした――極端な話、見知らぬ誰かと肩がぶつかってしまい、「ごめんなさい。大丈夫でしたか?」と声をかけた、それも一つの出会い≠セと思っています。
袖触れ合うも他生の縁。
(よく「他生の縁」を「多少の縁」と勘違いして、「ほんのちょっとした縁でも大切にした方がいいんだ」なんて勝手な解釈しちゃってる人がいますけど)
その出会いの中で
「この人との出会いを大切にしたい」
いや、単純に
「この人とはもう一度会いたい」
「この人とはもう少しお話がしたい」
という思いが生まれた瞬間が
「この人とずっと繋がって行きたい」
という感情が芽生えるんじゃないかと。
言うなれば、「繋がって行きたい」という思いイコール「縁」なんじゃないかと。
人はそれを、時に運命の出逢い≠ニ言い、時に偶然の出会い≠ニ宣うのです――勝手な方便だ(笑)
何が理由で、どういうきっかけで、人と人とは出会い、繋がって行くのか――それは神様にしか……いや、神様にもわからないでしょう。
ましてや、神ならざる身の自分には、わかる訳がありません。

ただし、そこから先が難しい。
出会う≠セけなら、誰だって、誰とだって出来るんですが、それを「出会い」と受け止めるのか、それともただの「すれ違い」と受け止めるかで、その人との繋がり≠ヘ大きく変わってきます。
まして繋がり続ける℃魔ヘとても難しいです。
努力が必要です――ったって、そんな難しい事じゃないはずなんですけど。
こちら側もそうですし、相手側も「この人とは繋がり続けたい」「この人との縁は大切にしたい」と思い、その為の努力を続けて行かないと、その繋がりはいとも簡単に切れてしまうものです。
――気を付けなきゃいけないのは、どちらか側からの一方通行だと、それはただの「ストーカー行為」になりかねませんから。ご注意を。


例えば、メアド交換をしたとします。
でも、その後でメールのやり取りなどをしなければ、それはその人と「繋がっている」とは言えないのです。
「メアドは知ってるし、そのうち連絡を取ればいいや」
と思い、何もしないならば、それは通りすがりの一人≠ナしかないのです。
メールを送る。送られたメールに返事を出す。直接会って話す。
それらすべてが「私はアナタと繋がっていたいんですよ」という意思表示なのです。

例えば年賀状。
普段はろくに連絡も取ろうとしないで、それでも「年に一度の年賀状くらいは」と思い、それで繋がっていると思い込んでて。
ところが、その「年に一度のやり取り」が宛先不明≠ナ返って来た時の驚きとガッカリ感たるや……
「えぇ〜!? ちょっと待ってぇ〜?」
と慌てて電話なりメールなりしてみて、その電話が通じなかったり、メアドが変更されてたりした時、初めてその人との繋がりが切れた事に気付くのです。
そして、初めて後悔の念にかられるのです。
「もっと小まめに連絡を取り合えばよかった」
と。
一度切れた繋がりは二度と繋げる事は出来ないのです。
その事に気付く人は稀です。気付いた時にはもう遅い。
覆水盆に返らず。
そうです。フクスイさんはお盆には帰ってこないのです。お正月を待つしかないのです――What?

現にそうやって、古くからの友人との繋がりを失くしてしまった人間がここにいますからね。

独り善がりな考えですが。
ワタクシ、知り合えた方々との縁は(ま、そりゃ結び付きの浅深はありますが)大事にしたいですし、その人たちには幸せでいて欲しいです。不幸にはなって欲しくないです。
まぁ、皆さんそうだとは思いますが。

よく「運命の赤い糸≠ェ目に見えたらいいのに」なんて乙女ちっくな事を言う人がいますが。
見えたら見えたで、これほど邪魔くさい物はないと思いますよ。
「なんでアイツと繋がってんだよ!? 面倒くせぇから切ってやろうか!!」
とか思ったり、ゴム飛びよろしく「タ〜イムっ!」とか言いながら跳び越したりして(笑)
それでなくても歩きにくくてしょうがない(爆)
アレは目に見えないからいいんであって、見えたら見えたで案外ガッカリするものです。
まぁ、そこまでの思いはなくとも、人と人との出会いも目に見えないから面白いのです。






という訳で、ワタクシとの運命の赤い糸(笑)≠ヘ、トップページ下の方にある「メッセージを送る」ってリンクにありますので。
(ウェブリブログ・ユーザー同士なら、返信とかも出来るのですが、ユーザー以外の方なら、本文中にメールアドレス等の連絡先を記載していただければ)

赤い糸≠ヌころか、案外ドス黒かったりしますが(爆)

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