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zoom RSS カエサル去りて、アウグストゥス来たる

<<   作成日時 : 2011/08/01 21:38   >>

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何もローマ帝国の歴史話をしようってんじゃないです。実はこれ、暦の話なんです。
英語の7月(JULY)は共和政ローマの終身独裁官カエサル、8月(AUGUST)はローマ帝国の初代皇帝アウグストゥスの名前に由来します。
カエサルの正式な名前はガイウス・ユリウス・カエサル。英語読みするとジュリアス・シーザー――ほぉら、誰もが「聞いた事ある」名前になったでしょう?
そして、アウグストゥスも、どちらかというと世界史的にはオクタウィアヌスという名前で知られています。
カエサルが共和政ローマにもたらした功は数多くありますが、それについては他の誰かが論ずるだろうとして、ここではカエサルが制定した暦ユリウス暦≠ノついて語りましょうか。

古代ローマでは、古代ギリシアで用いられていた太陰暦を元に制定されたローマ暦が採用されていましたが、1年の長さが、現在天文的にも知られている365日と比べて遥かに短く(制定当初で304日、末期でも355日)、その調整の為に挿入される閏日も、政治的な理由で、挿入されたりされなかったりしました。その結果、暦上の日付と実際の季節と大きなズレが生じました。
末期では実に90日ものズレが生じていたとか。
90日といったら……うは、4月に入ったら海開きや山開きで大賑わいでっせ(笑) 8月には雪が降る(爆)
じゃあ、どこで90日ものズレを調整してたのかってーと、農閑期である冬の間は暦も必要ないだろうと、毎年3月1日にリスタートしていたという。
(ローマ暦は、3月に始まり、12月に終わっていたそうです)
これでは拙いと感じたカエサルは、紀元前46年をもってローマ暦を廃止。地球が太陽の周りを回る周期を基にして作られた暦(太陽暦)を制定し、紀元前45年1月1日から実施しました。
後に『ユリウス暦』と呼ばれるこの暦は、1582年に現在のグレゴリオ暦に取って代わられるまで、幾度かの改定を繰り返しながら用いられる事になります。

ユリウス暦は1年を365日とし、4年ごとに閏年を置いて、その年の2月末に1日を加えて366日とするといった、ほぼ現在の暦の礎となる形でした。正確な1太陽年に対して、毎年約11分15秒の誤差を生じていましたが、それでもカエサルの時代としては格段に正確な暦でした。
少なくとも、春先に真夏の恰好をする事はなくなった訳です。
制定された翌年の紀元前44年頃から、「クィーンティーリス」と呼ばれていた7月の名前が、カエサルの名前に因んで「ユリウス」と呼ばれるようになりました。

カエサル亡き後、4年ごとに挿入されるはずの閏年が、誤って3年ごとに挿入されてしまいました。
この誤りを正す為、時のローマ皇帝アウグストゥスは、紀元前8年から数年間にわたって閏年を停止。その間にユリウス暦の改良を図り、紀元8年から4年ごとの閏年を復活させました。さらに、それまで「セクスティーリス」と呼ばれていた8月の名称を自分の名前と同じ「アウグストゥス」に変更すると同時に、それまで30日だった日数に1日を加えて31日とし、以後の月の大小を入れ替えました。
余談ながら。
この時、皇帝アウグストゥスが8月を31日とし、その後の大小の月を入れ替えてなければ、8月は30日、12月も30日となり、今の子供たちは夏休みと冬休みを1日ずつ損していたでしょうね。

アウグストゥスの後も、月の名称を自分の名前に変えようとした皇帝が続々と現われました。
残虐と悦楽の皇帝≠ニして知られる第3代皇帝カリグラ(カリギュラとも)は、9月を「ゲルマーニクス」と改名し、暴君≠ニして名高い第5代皇帝ネロは、4月を「ネロニウス」と改めました。
カリグラの叔父にあたる第4代皇帝クラウディウスは3月を、11代皇帝ドミティアヌスは10月を、それぞれ自分の名前に変えてしまいました。
9月は、15代皇帝アントニヌス・ピウスによっても「アントニヌス」と改名されたほか、38代皇帝タキトゥスによっても改名されました。
アントニヌス・ピウスは、自分の名前を付けただけでなく、11月に妻の名前から「ファウスティナ」と名付けたり、ローマ帝国の名を冠して「ロマーヌス」と変更したりしました。
17代皇帝コンモドゥスに至っては、月に自分の名をつけるだけでなく、12の月全部の名を変更してしまいました
ですが、どの改名もその皇帝が死去するとすぐに元に戻され、人名が月の名前として残ったのは、結局「ユリウス」と「アウグストゥス」だけでした。
まぁ、皇帝が代替わりする度に、月の名前が変わってたんじゃ、付き合わされる庶民は生活がシッチャカメッチャカになっちゃうんで、元の名前に戻されるのは自明の理ですけどね。
いつの世も、時の為政者は自分の名を後世に残そうとし、そのあざとさを庶民はしっかり見抜いてるんですね。
「おい、また皇帝が月の名前変えたぞ」
「おぉ。やらせとけ、やらせとけ。どうせ生きてる間だけだ」
てなもんでしょうか。


これまた余談なんですが。
アウグストゥスの名前は、ガイウス・オクタウィアヌス・トゥリヌス。カエサルとは縁戚関係――カエサルの姪アティアの子供です。
16歳の時、大叔父カエサルのヒスパニア遠征に従軍した折、乗船していた船が難破し、敵陣真っ只中に漂着してしまいます。トゥリヌスは生き残った少数の兵を率いて敵陣突破、無事に本隊に合流を果たします。この時のトゥリヌスの類稀な行動力と統率力を目の当たりにしたカエサルは、トゥリヌスを自分の後継者に指名したと言われています。
カエサル亡き後、若干18歳の無名の青年に過ぎなかったトゥリヌスは一躍脚光を浴び始めます。トゥリヌス自身もカエサルの名を冠したガイウス・ユリウス・カエサル・オクタウィアヌスという名前に改名。カエサルの正統な後継者としての人生を歩み始めます。
アウグストゥス(尊厳者)という名は、ローマ帝国の初代皇帝に就いた時に授けられた称号≠ナす。

まさに暦のごとく、「カエサルが去った後にアウグストゥスが現われた」事になります。
(まぁ、前述のとおり、暦の方が後ではあるんですが)



折しも今日から8月。
アウグストゥスが増やしてくれた1日に、ほんのちょっとだけ思いを馳せつつ、この夏を愉しみたいと思いますが、いかがでしょうか?

……まぁ、学生じゃない身には、何か恩恵がある訳じゃなし。
言ってしまえば、どうだっていい事なんですけどね(笑)
逆に、世のお母さん方は、1日余分に忙しくなったせいで「余計な事しくさってからに!」と思ってるかも(爆)

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