讃岐屋が行くわよっ☆

アクセスカウンタ

zoom RSS 東西雑煮合戦

<<   作成日時 : 2011/01/07 22:21   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

今日は七草。
皆さん、七草がゆは食べましたか?
七草粥ってのは、おせち料理ばかりで疲れた胃腸を休めると同時に、足りなくなったビタミン類を補給する役目があるそうですよ。
どうですか? お餅やおせち料理、食べ飽きてませんか?
……いや、食べ飽きて余ってるからといって、「ではワタクシめが」とはなりませんけどね(笑)

おせち料理といっても、なにぶん一人暮らしなもんですから、毎年たいした準備もしないんですが。
それでも、紅白のかまぼこと伊達巻、黒豆くらいは。あとは、煮〆を作るくらい。実家から膾(なます)が送られて来た時は、それも加えて。
大晦日には年越しそばを用意しますし、正月には雑煮をこしらえて――て、しっかり用意してるぢゃん(笑)
栗きんとんは買ったり買わなかったり――あ、だから金運に恵まれないのか(爆)
以前はね、結構手の込んだ事してたんですよ。切ったかまぼこを紅白で順に並べたり、半分に切って市松に並べたりして。
ただ……その……ある時、
「別に誰に見せる訳でもないしなぁ……どうせ一人やん」
「オマエは主婦か!」
と、やればやるほど自己嫌悪に陥って(笑) 醒めると淋しい独身生活(爆)
最近じゃ、ただ単に切って並べるだけになっちゃいました。芸はいらない。

伊達巻、母の好物でして。
「コレはお母ちゃんのだから、アンタら他のを食べな」
とか釘を刺されたりして。
それでも食べたいものだから、切った時の切れ端をもらったり、目を盗んでパクッと行ったり。
だってねぇ、甘くてフワフワでって言ったら、女性だけじゃなく、子供だって好きですって。
「こんな美味しい物を独り占めして、お母ちゃんはズルい!」と抗議すると、
「アンタらに食わせると、お母ちゃんの分まで食べちゃうから」と返ってくる。
母の言い分、ごもっともです。
「正月ぐらい、好きなもの腹一杯食べさせな」
それもごもっとも。
そんな訳で、わが家にあっては「伊達巻は母の物」って不文律がありまして――でも食べちゃうんですけどね(笑)
一人暮らしをするようになってからも、正月に伊達巻を食べると「あぁ、お母ちゃんの味だ」と。
別に母が伊達巻をこしらえてる訳じゃないんですけどね。

さて。
お正月には欠かせない雑煮ですが。
「関東は角餅、西国は丸餅」とか「東はすまし仕立て、西は白味噌仕立て」とか言いますけど。
「東は武家文化、西は公家文化」なんて話もよく聞きますし。
確かに、関東の雑煮は角餅(切り餅)で、具材も扇を象って銀杏切りにしてあったりと、武家社会というか立身出世を意識した物を入れています。
角餅は、味噌と同様に、武士が合戦へ赴く際の携行食だったという説があります。かさばらず持ち歩きやすいよう、のし餅を小さく四角く切り、それを水などで柔らかく戻して食したのだ、と――て、それって乾し飯ぢゃん?
一方、関西の雑煮は丸餅で、具材はなかったり、あっても金時人参や廿日大根など細身の野菜をそのまま輪切りにして入れてあります。「角を立てる事なく、すべて円満に」という事らしいですけど。
餅も西の方では焼きませんね。焼き餅=嫉妬≠ノつながる、という訳で。何事も波風立てず、円満に。

「西の白味噌仕立て」と言われると、西日本は全部白味噌ってイメージがありますが、さにあらず。実は関西圏と四国の一部(香川・徳島)だけで、それ以外はすまし汁が主流なんだとか。
京風雑煮とも呼ばれる、この関西エリアの雑煮のルーツは、どうやら香川の白味噌餡餅雑煮≠轤オいのです。
香川は江戸の頃より、「讃岐三白」にも数えられる『和三盆』という白砂糖が特産ですが、もっぱら献上品や京都などの菓子商に卸されるもの。庶民の口には到底入るものではない超高級品。
そこで
「正月くらいは甘い物が食べたい!」
という事で、雑煮に餡餅を入れてしまった、と。
餅が甘いのなら、汁も甘い方がいい。という訳で、塩分も低くほのかに甘い白味噌を用いるように。その風習が、砂糖運搬の道々に伝わって京都まで行った、とシルクロードならぬシュガーロード≠ェ出来上がったんですね。
さすがに餡餅は「いくら甘い物が食べたいからって、この組み合わせはどうよ?」とばかりに受け入れられず、讃岐止まりになったようですが、白味噌の甘さだけは受け入れられて京まで上り、それが関西の地域地域に広まって行ったと考えられています。
……て事は、それ以前は関西圏もすまし汁仕立てだったって事でいいのかな?
「正月くらい甘い物が食べたい!」
のは、ここ山陰(特に出雲地方)でも同じのようで。ただし、山陰では白味噌仕立てではなく、甘く煮た小豆汁の中に餅を入れる小豆汁雑煮≠ネんだそうで――て、それじゃ汁粉ぢゃん! ぜんざいぢゃん!!
……まぁ、出雲はぜんざい発祥の地ですからね。さもありなん。
あ。
ワタクシ、小豆汁雑煮は食べた事ありませんので、あしからず。
食べずとも味の推測はつきますしね。

餅が丸いか四角いかの理由として、「武家文化と公家文化の違い」説を上げましたが、あれこれ調べてみると、あながちそうとは言い切れないようでして。
関ヶ原の合戦以前は、東西問わず餅は丸いものだったそうです。て事は、丸餅と角餅に分かれたのは関ヶ原以降という事になります。事実、丸餅か角餅かの分岐点も関ケ原付近という話ですし。
徳川家康が江戸に幕府を開いて以来、江戸の人口は爆発的に増えました。当然、餅屋にも餅の注文が殺到し、一個一個丸めていたのでは間に合わないという事で、切り餅(角餅)で売るようになったんだとか。
加えて江戸っ子気質と申しますか「いちいち丸めるなんて、そんなまだるっこしい事やってられるかい!」となり、関東では切り餅(角餅)が主流になったんだとか。
ウソのような本当の話。
「角餅は合戦の携行食である」といった理由も一理あるんですけど、そうなると「どうして東国武士だけ? 西国武士は何を食べてたの?」という疑問が残るんですよね。それに、角餅が戦場食として発展したとする説ならば、なぜ戦国時代ではなく、天下泰平の徳川時代に入ってからなのかも疑問ですし。

してみると、「めんどくせぇから切り餅で出しちゃった」説の方が正しいのかな?
ま、いろいろあれこれ調べてみるとしますか。
餅だけに粘り強く、ね。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
東西雑煮合戦 讃岐屋が行くわよっ☆/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる