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zoom RSS 2月10日――今日は何の日?

<<   作成日時 : 2009/02/10 23:50   >>

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ネタに困った米子ライフ61日目。皆さん、よく続くわねぇ。
あのね、人生そんなに毎日ドラマチックな出来事って起こんないもんよ。今日なんか、会社の往復に終始しちゃったもの。仕事してても特段変わった事もなし。
ん〜……レーダーもセンサーも今日は鈍り気味かしら。ひょっとしたら見逃してたかも。
こんな時はWiki頼み。何ぞございまして?


・江戸幕府、玉川上水着工を許可――承応2(1653)年1月13日
「おいおい、2月10日の出来事だっつったろ? 何をイキナリ1月13日とか言ってんのよ」
慌てない慌てない。この1月13日ってのは旧暦での話で、新暦(太陽暦=グレゴリオ暦)に直すと2月10日になるのですよ。……まぁ、だからって「2月10日の出来事」でくくるのはどうなんだ?て気もしますが。
この玉川上水というのは、羽村(現在の東京都羽村市)から四谷大木戸(現在の新宿区四谷)までを結ぶ上水道。江戸の飲料水不足を補う為、多摩川の上流から水を引く計画が承応元(1652)年に立てられ、翌年の今日に着工許可。4月4日から工事が開始され、11月15日に工事完了。翌3年の6月から江戸市中への通水が始まりました。
で、この「玉川上水」という名前。多摩川から水を引いてますが、別に「多摩川が昔、玉川と呼ばれていた」とかいう話はまったくなく、それどころか多摩川とはまったく関係ないんですね。この引水工事を請け負ったのが玉川庄右衛門・清右衛門という兄弟で、その功績を称えて付けられた名前なんです。
玉川上水の「玉川」って人名だったんですねぇ。
だからって、この兄弟の末裔が浪曲カルテットを始めたりとか、「オレだ、オレだ、玉川だァ!」と言ったかどうかは定かでないですけど。
(あぁ……ボケが古すぎて伝わらねぇ……玉川カルテットだの玉川良一だのなんて、笑点世代でもなきゃわかんないって
さて、この玉川上水ですが、ほとんどが露天掘りという事で、その露天部分は付近の住人が放尿したり生活排水を流したりしないよう厳しく取り締まられていたそうです。ところが、江戸幕府が倒れて明治になり、新政府は管理するどころか船の往来まで許可してしまった。途端に水質は低下。生活排水で汚染され、船からはシッコもウンコも垂れ流し。玉川上水は玉川下水へと早変わりとござい。「これではいかん!」と、明治5(1872)年に船の航行を禁止。明治19(1886)年にコレラが大流行し、その原因が「多摩川上流でコレラ患者の汚物を流したからだ」という噂が広まると、「ますますいかん!」とばかりに多摩川上流域である三多摩地区を神奈川県から東京府に編入し、水質の厳重管理に乗り出したのが明治26(1893)年の話。何とも遅い話。
ただ、この事件により、玉川上水は東京の一元管理となり、現在の東京都の区域もほぼ出来上がった訳です。
そして、送水ルートこそ違え、東京の水は現在も玉川上水によって賄われているのです。


・北海道の豊浜トンネルで岩盤崩落事故、20人が犠牲に――平成8(1996)年
あぁそうか、この事故が起きたのも今日だったんだねぇ〜、てのが率直な感想。すっかり記憶の奥底から抜け落ちてましたよ。言われて「あぁ、ハイハイ。そんなのもありましたっけねぇ」と思い出すくらい。記憶の風化って恐ろしいですねぇ。世間を騒がせた重大事件や事故も、こうやって記憶から抜け落ちてくんでしょうねぇ。阪神淡路は衝撃的だったし、能登半島地震や新潟中越沖地震は記憶にも新しいけど、ここ米子で平成12(2000)年にあった鳥取県西部地震に至っては「あ? そんな地震ありましたっけ?」てなもんです。
豊浜トンネルは、北海道後志支庁の余市町と古平町とを結ぶトンネル。積丹半島の裏側と申しますか、神威岬から小樽側ではなく岩内町や雷電海岸方面に南下する途中にあります。
事故が起きたのは、朝8時過ぎという通勤・通学時間の真っ最中。最大高70m、最大幅50m、重さ推計2万7千トンという巨大な崩落岩盤がトンネルを直撃、通行していた乗員・乗客19名を乗せていた路線バスと後続の乗用車1台もろともトンネルを押し潰したのでした。
事故当初は、岩盤がトンネルを直撃したのはわかったが、「通行していた車はなかった」「いや、押し潰された」「いやいや、中で生き埋めになっている」などなど情報が錯綜し、岩盤撤去は予想以上に時間がかかりました。もちろん、海岸沿いで作業現場が確保できないという地理的な問題や、岩盤そのものが堅くて容易に破砕できないという問題もありましたが、それ以上に崩落が続く二次災害の惧れもありましたし、トンネル内に閉じ込められているのなら、破砕の振動で再崩落が起こり、被害を拡大させてしまう可能性も考えられたからです。
結局、5日間かけて慎重に岩盤が除去された事故現場では、乗用車は見る影もなくペシャンコで、高さ3mあったバスも1mまで押し潰され、取り残された20名全員が圧死。ほぼ即死だったと推測されました。
この翌年夏には、この事故現場から約100q南の第2白糸トンネルで岩盤崩落事故が発生。幸い被災者は出なかったものの、付近住民の生活の足を完全に奪ったのと、崩落事故が2年連続重なった事で、道と開発局に対して安全防災対策の不備を問う機運が高まり、その責任を追及する裁判にまで発展したのでした。
現在、豊浜トンネルも第2白糸トンネルも、より内陸に付け替えられ、安全の確保はなされてはいるようです。が、「危険だから」という理由で、事故現場に容易に立ち入れない状況を作り出している背景には、「このまま風化させてしまおう。なかった事にしよう」的な考えが見え隠れしてるように思えるのは、ワタクシの穿った考え方でしょうか。

・韓国ソウル市にある崇礼門(南大門)が火災により焼失――平成20(2008)年
これは皆さんの記憶にも新しいでしょう。何せ去年の話ですから。
朝鮮王朝の宝、韓国の象徴であり国宝第1号も、見事に燃えちゃいましたね。石の土台だけになっちゃいましたもの。
火災の原因が放火というのもショックでしたね。しかも同じ韓国人が。犯人が捕まるまで「火を付けたのは日本人だ!」って韓国中大騒ぎになって、抗日運動にまで発展してましたから。して、放火の理由が、都市再開発事業による家の立ち退き補償額が少なかった事への腹いせだってんだから。
おいおい、アンタらの国の誇りじゃなかったんかい。
そんな簡単に火なんか付けて言い訳?
結局この放火犯、火を付けたのは認めたが、「全焼したのは防災措置を怠った国の責任だ」などと訴えてましたが、問答無用で却下。懲役10年の刑が確定しました。踏んだり蹴ったり。
この南大門、再建には少なくとも3年の歳月と総額200億ウォンの費用がかかるとの見通しだそうですが……このところの経済危機で、その計画にどれだけの綻びが出るんでしょうねぇ?

・今日生まれた主な方々
田河水泡……漫画『のらくろ』の作者であります。明治32(1899)年生まれ。平成元(1989)年没。
高橋英樹……桃さんは今日の生まれでしたか。昭和19(1944)年生まれ。
         今年も楽しく阿波踊りを踊られるんでしょうかねぇ。今年で何回目?
島田洋七……がばいばあちゃん≠熏。日の生まれ。昭和25(1950)年生まれ。

・今日亡くなられた主な方々
松浦武四郎……明治21(1888)年没。松浦亜弥の先祖じゃないよ(笑)
          江戸時代の探検家で、その範囲は遠く択捉島や樺太にまで達したとか。
          「北海道」という名前や道内の地名を付けたのもこの方。
すぎ恵美子……平成19(2007)年没。少女マンガ家。結構キワドイ性表現などで話題の方でした。
          「少女コミック」「ちゃお」などで活躍されてましたが、胃ガンの為、47歳でお亡くなりに。
          は、早いよね……
          ワタクシもね、女友達の影響で、『♂(あだむ)と♀(いぶ)の方程式 』とか読んでた口でした。


その他にも、今日はビートたけしの日キタノ記念日≠ネんだそうです。「北野武は、漫才コンビツービート≠ネくしては語れない」という訳で、ツー(2)ビート(10)の語呂合わせで決められたそう。過去において、芸能人個人の記念日登録は、これが初めてだそうで。
それより気になるのは、ビートきよし師匠の立場は?(笑)

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