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zoom RSS 夕陽を追いかけて〜追いかけても追いつけず……

<<   作成日時 : 2007/09/05 18:41   >>

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出雲大社の隣200mほど先に、島根県立古代出雲歴史博物館があります。
今年3月にオープンしたばかりの、まだピカピカの博物館です。

画像ロビーを入ってすぐに、出雲大社の地下から出土した宇豆柱(大社本殿を支えた大柱)が展示されています。これを見ると、「あぁ、本当に超高層巨大神殿は存在したんだ」と信じざるを得ません。
館内は3つの常設展示室と特別展示室に分かれています。
最初の展示室は3つのテーマ別コーナーに分かれています。
最初のコーナーは、出雲大社と神儀・祭礼などについて紹介されています。
平安期の出雲大社本殿の1/10模型がありますが、それを見るだけでも、いかに巨大で荘厳な御社であったかがわかります。また、戦国時代には、境内に三重塔などの仏教伽藍が建てられていた事もわかっています。神仏和合の証拠ですね。それも明治国家神道による神仏分離・廃仏運動の中で、すべて取り払われています。
このように、「時の権力者と政治に翻弄されてきた歴史も、出雲大社にはあるんだよ」という事を紹介してる訳です。

次のコーナーは、『出雲國風土記』に書かれていた世界を紹介しています。
時の朝廷から命じられ、国毎に記された『風土記』――『風土記』って何?
地形・気候から、人口分布、人々の暮らし向き、産業形態、その土地毎の名物に至るまで、事細かに記されたと聞きます。
律令制が布かれて後、これを元に土地毎の年貢(租・庸・調)が決められたと云いますから……国勢調査表?
役人や旅人(といっても、この頃に旅が出来たのは修行僧くらいと聞きますから)は、これを元に旅したと云いますから……『るるぶ』か?(笑)
さぁ、その謎多き書物(笑)『出雲國風土記』に記された人々の暮らしを、忠実にジオラマ再現したのが、このコーナーです。
漁業に携わる者あれば、土器製造を生業とする者あり。商いに精を出す者もあり。
多少の道具の進化や生活形態の変遷(狩猟生活から農耕生活へ)はあったにせよ、庶民の暮らしなんて、古代から比べてそんなに変わってないんじゃないでしょうか。遠い太古の話でありながらも、ほんの近世代の事のようでもあり。何だか不思議ですね。どこかで見た風景です。

画像続くコーナーは圧巻です。
荒神谷遺跡から出土した銅剣が、ずらりと壁を埋めます。その数、実に358本! 全国最多の数です。最新技術で磨き上げられた赤銅色の剣が、壁一面を輝かせる様は、ぐっと身に迫ってくるものがあります。
青銅文化華やかなりし古代、命を賭けた戦場にあっても、その場を埋め尽くす眩いばかりの輝き。およそ戦場には似つかわしくない、幻想的な光景。
こうして目を閉じると……全然想像できませんなぁ(笑)
キンキラキンキラした戦場って、お祭りじゃないんだから。
……あれ? 銅と鋼って、硬度的にどっちが上なんでしたっけ?
ただまぁ、今でも銅主流の世界だったら、絶対に闇討ちだの忍者だのって出てこなかったと思います。だって、いくら闇に身を潜めたって、あんなビカビカした物持ち出したんじゃ、目立って仕方ないもの。
壁から中央のショーケースに目を転じると、加茂岩倉遺跡から出土した銅鐸が、ドワ〜ッと迫ってきます。その数39個!
古代の鋳造技術はたいしたもので、割れたり欠けた部分を同じ素材で埋めて修繕する、鋳掛≠フ技術も、この頃には確立していたようですし、同じ型を使って量産するなど、現代鋳造技術とさほど変わらない技術が、はるか古墳時代・弥生時代には存在していたんですね。
げにおそろしきはジャパニーズ・テクノロジー(あるいは大陸文化か)。
時に……銅鐸って結局、何なの?
魔除けだとか神事に使われたとか、昔からいろいろと云われてきましたが、はっきりした事は未だわかってないんですよね。鈴や鐘のように、本当にただ鳴らす為の物だったんですかね? 

一旦中央ロビーに戻って、今度は館の中央にある総合展示室に移ります。ここでは、島根の人々の生活と交流の姿を、古代から現代に至るまで紹介しています。
特にヒスイやメノウ、銀、銑鉄などが支えてきた独特な歴史と文化を、重点展示として大きく扱っています。
太古の昔から有名だった出雲の勾玉=i「玉造温泉」なんて地名もありますしね)。世界遺産登録で、俄然注目を浴びている石見の銀=B明治近代化が始まるまでの主流だったたたら製鉄=\―そのすべてが出雲を、島根県を支えてきたのです。
このコーナーでは、それらをただ見るだけじゃなく、実際に触れたり体験したり出来るのです。
――最近の博物館って、こういった体験型が増えてきてますよね。
昭和初期の一畑電車北松江駅(今の松江しんじ湖温泉駅)を再現した改札を抜け、中央ロビーに戻ります。

常設展最後の展示室は、神話回廊≠ニいう名前が付いています。
『古事記』『日本書紀』には、スサノオのヤマタノオロチ退治など出雲を舞台とした神話が数多く記され、『出雲國風土記』には国引き神話≠ネど地域色豊かな神話が伝えられています。さすがは神話の国・出雲≠ナす。
この神話回廊≠ナは、それらの神話・伝承を、楽しくわかりやすく紹介しています。
展示室奥には、出雲神話をアニメやCGを使って、大スクリーンで紹介する神話シアター≠ェあります。

特別展示室では、石見銀山が世界遺産登録が決まった事を記念して、『輝きふたたび 石見銀山展』という企画展が催されていました。
見たいのは山々だったんですが、時間も時間でしたし、残念ながら……



タクシーの運ちゃんが「日御碕行きませんか?」と声をかけてきますが、(エッ! 今から!?)と思いながら振り切り、一畑電車で松江に舞い戻ります。
う〜ん……晴れそうにないですなぁ〜。それどころか、ずいぶんな速度で雲が集まってきてますよ。たまに「んっ!?」と思わせる雨粒まで。
日没と目される時間まで粘りましたが、西の空が晴れる気配は一向にありませんでした。東の空は憎らしいほどの青空が覗いてたってのに。
何スか? 「一見さんお断り」なんスか、宍道湖の夕陽って?
「またいつかいらっしゃい」
と神様は言うかもしれませんが、こんなトコまで、そうそう来れないッスよ。
画像
こぉ〜んな景色が見たくて来たんじゃなかったのになぁ〜……

かくして、綺麗な夕陽が見たくて訪れた松江でしたが、ただの一度も拝む事が出来ずに帰路に着く事に。
あまりのショックに、みやげ物買うのも忘れちゃいましたよ。





クッソー、いつか必ず拝んじゃっからな!!

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夕陽を追いかけて・完結編
一昨年の秋の事。宍道湖に沈む夕陽が綺麗だという事で、松江から出雲大社へかけてのらり旅≠敢行いたしました。 この時は残念ながら、夕方、雨に降られまして、夕陽を拝むどころじゃなく。しきりに「再戦じゃあ! いつか絶対拝んじゃるぅ!!」なんて意気込んでたんですが…… まさか……ねぇ……この時は、車で30分ほどで行けちゃうような米子に引っ越す事になるとは、コレっぽっちも思うはずもなく。 だからといって、コチラへ来たからといって、いつでも拝める訳でもなく。行こうと思った時には天気が悪かったり... ...続きを見る
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2009/05/16 18:01

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