讃岐屋が行くわよっ☆

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zoom RSS ♪ポ〜ケット〜の〜中に〜……

<<   作成日時 : 2005/11/17 03:02   >>

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ビスケット〜が……入ってたっけかなぁ?
そんな子供の頃の話です。

ウチの親父さまは自衛官でした。で、年に何日か家に帰って来ない日がありました。それがとーちょく≠フ日とやま≠ノ行く日でした。
それがどんな日なのか小学校に上がるまでわかりませんでしたが、子供ながらにとーちょく≠ヘ3日か4日で帰ってきて、やま≠ノ行くと一週間くらい帰って来ない、という区別だけは付きました。で、いつもは制服で出勤する親父さまが、戦闘服(皆さんおなじみの、あの緑色の服ですね。いわゆる作業服なんですが、自衛隊ではこう呼びます)姿で出かける朝は、「あぁ、今日からやま≠ネんだ」と悟ったものです。
(小学校に上がるようになって、やま≠ノ行くのをえんしゅー≠ニ呼ぶんだと知りました。
ま、確かに人里離れた山の方に向かいますし、小っちゃい子に「演習」とか言ったってわかんないですしね)
そんなもんだから、学校の友達と話しする中で、
「おぅ、讃岐屋ぁ!(モチロンこんな名前じゃありませんよ) オマエん家の父ちゃん、どこ行ってんだよ」
「ん? 今やま″sってんだぁ」
「え!? 山行ってんの? スゲぇ!! 讃岐屋の父ちゃん、熊つかまえに行ってんだって!」
いくら自衛隊さんでも、熊はつかまえねぇよなぁ……と、子供心にも異論を唱えつつ、いつの間にか猟師にされてしまった親父さまに申し訳なかったり。
(熊はつかまえて来なかったけど、キリギリスはつかまえて来てたよな)
趣味で狩猟をする父親を持った友達がいたんで、同一視されたんでしょうな。まぁ、熊は獲らないまでも、実際に鉄砲は撃ってましたし――て、本当に撃ってたのは大砲ですけどね。どんなデッカイ熊も、跡形もなく粉砕(笑)

で。
親父さまがやま≠ゥら帰って来る日は、それはもぉ楽しみで仕方ありませんでしたよ。
ずっと家を空けていた親父さまが帰って来たのが嬉しいのはモチロンですが、実はもう一つの楽しみがあったんです。
それが、親父さまのバッグの中身。
「おかえんなさぁ〜い」の挨拶もそこそこに、親父さまの手から演習バッグ(自衛隊用語で雑衣のうと云います)をもぎ取る。えっちらおっちらと茶の間まで抱えてくなり、おもむろに中を取り出す。
中身といっても、抱えてった日数分の下着が、ことごとく洗濯物に変わってくるだけなのですが、その底にあるのが本当の狙い――出てくる出てくる、お菓子の山。
そうは云っても、せいぜいが袋詰のかりんとうであったり、一口羊羹であったり、飴玉であったり、板チョコであったり……。
他には缶ジュース――といっても、今なら普通にあるプルオープンの缶じゃなくて、上下開け口のない本当の缶詰。それを付属の缶切りのようなもので穴を開けて飲むといった、30代後半から40代の人にかけては何だか懐かしさを覚えちゃうような缶ジュース。
たまに赤まむしドリンクが出てきて、母君さまから「これはアンタ、寝れんくなるから飲んじゃダメ」と怒られたり。
まぁ、今の子供たちじゃ見向きもしない物かもしれないけど、当時の僕ら――父親が自衛官の子にしてみれば、一番の楽しみでもあったし、父親の演習バッグが魔法のバッグのように思えたものです。
親父さまの方も心得たもので、子供が宝探し≠ノ飽きないように、バッグのあちこちに潜ませておいたり。母君さまは母君さまで、「出した物片付けないと、あげないよ」と一喝して、荷物の後片付けを手伝わせたり――後年は、ただ散らかすんじゃなく「演習バッグを片付けるのはボクの仕事」とばかりに率先して片付けて、そのご褒美にお菓子をもらうようになり、何の工夫をこらさなくても息子は荷物を片付けてくれる事に気づいた親父さまも、持ち帰るお菓子はサイドポケットにまとめて入れてくるようになりました。
「どうしてこんなにお菓子を持ってるの?」なんて疑問は、これっぽっちも思わない子供の頃でした。

大人になって。自分も「自衛業」を営むようになって(笑)
当直だって経験したし、演習だって体験したし、親父さまが持ち帰ってたお菓子――加給食の謎も解けました。
加給食――読んで字の如く追加支給≠ウれる食品。幾日も不眠不休が続くハードな演習において、普段の食事ではカロリーが不足する。したがって、手っ取り早くカロリーを補える甘い物を重点に追加支給される訳ですな。
まぁ、演習場の宿舎近辺にも売店はあって、加給食なんかよりよっぽどいいものが売ってるから、子供へのお土産にはちょうどよかったんでしょうね。実際に昔なんかは、演習場に向かう(or 帰りの)トラックから、登下校途中の小学生に向かって「ホラ、坊主!」とかって投げ与えたって話を、上の人からよく聞きましたもん。
親父さまもそうだったんでしょうね。おそらくそうやって支給された加給食を、僕や兄貴の為にって、一切手を付けずに持ち帰ってたんでしょうね――その割には、兄貴そっちのけで、僕一人で食べてた記憶がありますけど(笑)

今でもそうなのかなぁ。
子供が演習から帰った父親のバッグを奪うようにして、茶の間の片隅でお目当てのお菓子をほじくり返しては、キャッキャと喜ぶような光景が、どこかの自衛官の家庭では繰り広げられてんだろうか?
そうだといいなぁ。
あの楽しみは、自衛官を父親に持つ子供の専売特許的な楽しみとして、ずっと続いてって欲しいなぁ。それが続く限り日本は平和でいられるんだ、と漠然とだけど思える自分がいます。
違う仕事を選んでしまった今、いつの日か生まれてくる子供に、あの楽しみを分け与えてやる事はもう出来ないけど、おやつのクッキーか何かを一緒に食べながら、こんな話をしてやるのもいいかもなぁ、なんて思っています――その前に嫁サンを何とかしろよ(爆)



急にどうしてこんな話を思い出したのか。
……別に急にでもないんですけどね。
先月、親父さまが73歳を迎えました――生きていればですけど。
亡くなってからも、かれこれ16年。思えば亡くなったのも先月の話。
「あぁ、もうそんなになるんだなぁ……」なんて事を考えてたらですね、何とはなしに思い出しちゃったんですよ。
文章としてまとめるのは、だいぶ経っちゃいましたけどね。
今夜あたり、そんな話を肴に、親父さまの好きだった角瓶で一杯飲るのも一興かな、と。
(コレ書いてるうちに、夜もだいぶ更けてきちゃったんで、明日の事も考えたら飲んでる場合じゃないですけどね)

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
心まで凍えそうな夜にこんなあったかいお話を読めて幸せです。
ありがとうございましたm(_ _)m
りーまんとらべらー
2005/11/18 03:28
まるで嬉しーの日記のようなお話でした。ワタクシ日記でも嬉しー派ですが、本家同様、読みながら実にほのぼのとした感覚に包まれながら読ませていただきました。ありがとうございます。
同居人2号
2005/11/19 23:43

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